ep6『さよなら小泉先生』 10年後の受胎告知
ずっとこうしていたい。
俺はそのままの体勢で小泉に話し掛ける。
小泉は俺の言葉に応え、頭を撫でてくれる。
どうってことはない、他愛ない話なんだ。
それでも俺は例えようのないくらい満たされていた。
「……なあ、センセェ。結婚ってさ、いつしたの?」
「26の頃かな。その翌年に上の子が生まれて──────」
「上の子?腹の中の子以外にももう一人いるのか?」
「ああ。今はちょうど3歳になる」
「……自分の子どもってさ、やっぱ可愛い?」
「そうだな。親バカかもしれないが───世界一可愛いぞ」
「センセェ、料理とか出来ないのによく結婚できたな?大丈夫なのか?」
「これでも少しは出来る様になったんだぞ?それに─────」
小泉は穏やかに微笑んだ。
「旦那が料理出来るからな。二人で分担してるからそんなに大変じゃないさ」
「センセェのダンナ、家事とかよくしてくれるってこと?」
「……ふふ。そうだな。赤ん坊のオムツも替えてくれるしミルクも飲ませてくれる。お風呂も子どもと一緒に入ってくれるし────」
私には勿体ない旦那だよ、と小泉は感慨深げにそう言った。
「そうなんだ。いい男を捕まえたんだなぁ、センセェ。逃げられないようにしろよ?」
「……肝に銘じておくよ」
未来の世界で小泉は旦那と子どもに恵まれて幸せに暮らしている。
俺はなんだか胸が一杯になった。
本当によかった。
小泉が10年後の未来に存在してるってことは──────俺のこの呪いは解けてるんだろうか?
俺は生きてる?
聞くのが怖かった。
「なあ、10年後の未来ってさ……」
俺が何を聞こうとしたのか察したのだろう。
小泉の方が先にこう言った。
「ふふ。気になるか?お前自身のことだろう?」
「なんで判ったんだ?」
俺がそう聞くと小泉はまた笑った。
「お前の考えてることなんてなんでもお見通しだからな」
そして付け加えられた言葉に、俺は心底安堵した。
「……大丈夫だ。元気でやってるよ。それに─────今より背だって伸びてるし」
そう言うと小泉は俺の頭をそっと撫でた。
10年後の俺は生きてる。オマケに背も伸びてる。これだけでもう俺は大満足だった。
だって生きてさえいれば──────後はどうにでもなるじゃないか。
10年後の俺──────想像もつかないけど、きっとどうにか何処かで働いてるんだろう。
そこまで考えて俺はふとある疑問を口にした。
「あれ?10年後ってことはさ……センセェって今は三十路──────」
そう言い掛けた所でペチンと小泉が俺の頭を叩いた。
「……便宜上『10年後の未来から来た』とは言ったがな。誕生日はまだだからな。“今現在は”29だぞ?」
「……ええ」
そういうとこは相変わらずなんだなって思ったし───────なんかすごく不思議な感じがした。
小泉が幸せならそれが何よりだ。