ep0. 「真夏の夜の爪」 ㊿破壊される心と身体
わからない。何が正しいかなんて。
少年は佑ニーサンの言葉を黙って聞いていた、意図する意味は解らなかった。
「でもさ、善意の正論でキツい一発喰らう事ってあるよね。そんな時って刺された方はどうしたらいいんだろう?」
少年は何も言えなかった。
正論って?正しいのは何だ?
「人が人に相談する時ってさ。もう進むべき方向が本人には見えててただ背中だけ押して欲しい状態って事がありがちでしょ?そんな時に恥を忍んで一世一代の覚悟で誰かに相談してさ」
佑ニーサンは目を伏せた。
「正論のナイフで背中をズタズタに滅多刺しされたらその傷はどうやって癒したらいいんだろう?どうやってこれから歩いて行けばいいんだろう?」
少年はなんとも形容し難い気持ちになった。
佑ニーサンもまた何かに傷付いた一人なのだろうか。
「ただ話を聞いて背中を押して欲しかっただけなのに」
僕にはその価値すらない人間なんだって絶望するよ。たった数十分の手間すら掛けて貰えないんだって、と佑ニーサンはグラスの水を一気に飲み干した。
「センシティブな話題は雑に扱われたら傷付くのはきっと分かり切ったことでさ」
少年は黙っていた。
大人になってもこの種の痛みは伴うのか。
少年には何も見えてこなかった。
「相手にとって自分は価値のない存在だって思い知らされた時、こんなにも苦しいなんて思ってもみなかったよ」
佑ニーサンは目の前のカルピスのグラスを少年に差し出して飲むように促した。
「正論を言うことが必ずしも正しいことじゃないって事は僕たちが一番よく知ってる筈だろ?」
少年は黙ってそれを一口飲む。
激甘と思われたそれは氷が溶け普通のカルピスになっていた。
「甘すぎって思ったでしょう?でも飲んだら普通の味だった?そうでしょ?」
ああ、と少年は頷いた。
「今のキミそのものだよ」
自分で普通・当たり前だと思っている事柄は全部周囲の大人がバックアップしてるだけ。普通だと思っている味は割増の原液だよ。その甘さがデフォルトだと思ってるけど適正量だと甘さは控えめだと思うよ。
少年はもう一口カルピスを飲んだ。
確かにそうかもしれない。
たくさん話したけど結論は結局こうなんだ、と佑ニーサンは少し悲しげにけれど揺るがない声で言った。
「今のキミはセックスしたら心が壊れると思う」
そうかもな。きっとそうだ。