ep6『さよなら小泉先生』 存在しない原罪の祈り
なんだかすごく不思議だ。
温かく、柔らかな感触。
小泉の体温がとても優しいものに感じられた。
「なんか……すごく……あったかいんだな」
今まで一緒に過ごしてきたあの小泉がとうとう母親になるのか。
確かに、白髪になってやつれた……もう一人の存在、“鬼怒川鏡花”も母親ではあったが────────
それはとても感慨深い事に思えた。
今の小泉はその身体に命を宿している。
生命力に溢れた存在。
俺の知ってる小泉じゃないかもしれないが、それはとても眩しい存在に感じられた。
「あのさ……赤ん坊の心臓の音とかってもう聞こえたりすんの?」
俺が何気なくそう口にすると、小泉はふふ、と柔らかく微笑んだ。
「……じゃあ聞いてみるか?ほら」
小泉はまるで膝枕をする時のように──────ポンポンと自分の太腿に触れて俺に合図を送る。
「え……いいのか?」
いつもの俺だったら絶対そんな気恥ずかしいことはしないだろう。
だけど、その時の俺は……自分でも不思議なんだが──────いつもより素直でまるで幼児みたいだったのかもしれない。
俺は小泉に至近距離で近付き、下腹部に自分の耳をそっと押し当てた。
温かな部分はドクドクと二人分の血液が巡っている。
新しい生命。
この中で赤ん坊が眠ってるんだよな。
俺はなんだか胸が一杯になった。
するとその瞬間───────
トン、と内側から何かが動く音と振動が聞こえた。
「え!?なんか今動いた!?」
俺がビックリして声を上げると小泉は微笑んだ。
「赤ん坊がお腹を蹴ったんだ。ふふ、お前に挨拶でもしてるのかもな」
「……え?外の様子が聞こえてるのか?」
「赤ん坊は5ヶ月くらいから外の音や母親の声を聴いていると言われているし────お前の声が聞こえていても不思議はないよ」
赤ん坊は腹の外の音や声が聞こえるし、腹を蹴ったりもする。
何もかも初めて知ったことだった。
俺の母ちゃんもこんな風に俺を腹の中で育てて産んでくれたのかな。
どうしてだか理由はわからない。
だけど。
俺の目から涙がとめどなく溢れてくる。
「……おいおい、よく泣くヤツだな」
そう言うと小泉は俺を膝枕したまま、頭を撫でてくれた。
母親ってのは───────こんなにも温かくて優しいものなんだな。
俺もこのまま赤ん坊に戻れたらどんなにいいだろう。心の底からそう思わずにはいられなかった。
多分、きっとそれが一番幸せだろう。