ep6『さよなら小泉先生』 亡骸
最後の我儘を許して欲しい。
俺は概史のバイクを勝手に拝借して暗い夜道を走っていた。
明け方に帰宅するという概史の兄の為に家の鍵は開けてあり、玄関にある鍵箱内のキーを持ち出す事が出来た。
身体の感覚は分からない。
特に、壁に滅茶苦茶に打ちつけた両方の拳の感覚は殆ど無かった。
このままハンドルを持つ手が離れて、誰も来ない山道に放り出されても構わなかった。
どっちも結果は同じだ。
もう何もかもどうでもいいんだ。
今は何も考えたくない。
概史、悪いな。
バイクはなるべく壊さねぇようにしようとは思うけど。
“俺が発見”されるまでに数ヶ月とか掛かるかもな。
下手したら年単位でも見つからねぇって可能性もある。
バイク、野ざらしだと乗れなくなるよなぁ。
最後の最後まで他人に迷惑掛けてばっかだな、俺。
記憶を頼りに道を進む。
真っ暗な山道を走っていくとこの世界には俺一人だけなんじゃないかって思えてくる。
でもそうだよな。
人間は生まれる時も死ぬ時も一人じゃねぇか。
どうしてこの事に最初から気付かなかったんだろう。
霧が掛かったような意識のまま、俺はバイクを停めた。
山の中の廃村、その村外れにある朽ちた神社。
俺はポケットからライターを取り出して頭上に掲げた。
いつか小泉がぶっ壊した本殿の床板の下に潜る。
この場所は相変わらずツンと鼻を突くような匂いで満たされている。
トボトボと重い足取りで湿度の高いひんやりとした地下道を歩く。
暫く歩いて到着した地底湖。
そこに色とりどりの花と共に浮かんでいる母親の姿を見た俺は────────絶句した。
白い肌に白い着物。
以前に見た母親は生前と同じように穏やかな表情で眠っていた。
だが。
目の前の水面に浮かんでいたのは──────無残な白骨になった亡骸だった。
「母ちゃん!!!!」
俺は母親に駆け寄った。
胸に置かれた折り紙製の赤い花。
間違いなく俺の母親だった。
「……そんな……どうしてだよ」
母ちゃん、と俺は一人呟いた。
俺があんな事したから──────何もかも世界が変わってしまったのか?
「───母ちゃん」
呼びかけても反応はない。
地底湖に浸かり、俺は母親の亡骸をただ抱きしめた。
「母ちゃんごめん────けど」
これから俺もそっちに行くから、と呟きながら俺はポケットからジャックナイフを取り出した。
「俺、今度生まれて来る時も──────また母ちゃんの子どもに生まれたい」
それは嘘偽りなどない、俺の本心だった。
母ちゃん。
俺、あの世で母ちゃんと会える?
だけど、俺は地獄に行くのかもしれない。
それでもいい。
ぼんやりと考えながらゆっくりと自分の頚動脈にナイフを突き立てようとした────筈だった。
その瞬間。
「おい馬鹿!?何やってるんだ!?」
聞き覚えのある声と共に─────────俺のナイフは弾かれ、水中に沈んだ。
え?