ep6『さよなら小泉先生』 不可逆
何やってるんだ俺は。
あれから時間がどれくらい経ったのかなんて判らなかった。
河川敷の草むらの中で俺は仰向けに転がっていた。
相変わらず口の中は血の味でいっぱいだった。
声は掠れてもう出てこない。
身体中の水分の大半は血と涙として流れていったかもしれない。
全身のあちこちが痛い。
骨も二、三本折れてるかもしれない。
拳でそこら中の壁を狂ったみてぇに打ち付けたからな。
あちこちが血だらけだ。
だけど、一番痛いのは──────身体じゃないんだ。
心にぽっかりと穴が空いて……それはもう二度と、生涯埋まることが無いって現実を認めざるを得ない。
何もかもがどうでもよかった。
取り返しのつかない事をしてしまったという後悔が俺を殺そうとしている。
痺れの残る頭をなんとか回転させる。
俺に出来ることはまだ残ってないか?
例えば、時間を戻る行為を何度も繰り返すってのは?
相手は─────差し当たり花園リセに頼むとして……
いや、と俺は小さく首を振る。
今は9月の上旬、二学期の初めじゃねぇか。
まだ花園リセとは“出会って”すらねぇんだ。
仮に出会ったとして──────
この状況でどうやってイキナリ[童貞を捨てる]なんて荒技が出来るんだ?
そもそも、信頼関係も何も築いていない段階で─────いや、築いたとしてもかなり無理がある。
辛うじて拝み倒して一回実行可能だったとして───────
時間が戻れば8月だ。
単純に考えれば……何度か行為を繰り返せば時間を好きなだけ戻れるって思っちまうけどそうじゃねぇ。
そもそも、出会う筈の9月以前に戻ったら俺達は知り合いでも何でもねぇんだ。
“見ず知らず”の人間とセックスなんて出来る訳ねぇじゃねぇか。
そもそもの話────────
なんらかの無茶な手段─────半ば強引に……無理矢理に行為を実行したと仮定しても。
理論上、7年前に戻るのは不可能じゃないか?
俺が1ヶ月刻みで時間を戻るっていう行為を強引に実行したとして、戻れるのはせいぜい2〜3年が限界だ。
俺の身体が[童貞を捨てる]っていう呪いの発動条件を満たせるのはせいぜい12歳、無茶苦茶に無理しても11歳が限界だろう。
ぶっちゃけ俺が精通したのって小5だからな。
それ以前にはもうどうやったって戻れないんじゃねぇのか?
結局、中途半端に2〜3年戻った所で小泉は既に結婚して出産してるってことに変わりはねぇんだ。
不可逆的な状況に陥っているという現実。
どんなに考えを巡らせたところで────────一度起こったことはもう二度と覆せないという事実は俺を心の底から絶望させた。
俺にはもう何も残ってねぇんだ。