ep6『さよなら小泉先生』 崩れていく世界の輪郭
嘘だろ、婆ちゃん─────
「……2年ほど前じゃったか、連絡が取れんけぇ民生委員さんが訪ねて来ちゃった時にのう」
変な匂いもするし家の中から虫がようけ出て来るゆうて警察を呼んだんじゃ、と爺さんは声を潜めて言った。
「───────そしたらスエカさん、とうの昔に死んどったんじゃ。仏さんがだいぶ腐っとってのう」
かなり虫が涌いとったのにそれまで誰も気付かんかったんじゃ、と爺さんは目を伏せた。
「えっ……」
俺は絶句した。
小泉を助けることの出来る唯一の手掛かり。
それを知る筈の───────スエカ婆ちゃんが既に死んでいた?
「……何年か前まではお孫さんかのう、中学生くらいの女の子が毎日ここに来ようたんじゃ」
じゃけど、どうしたもんかパッタリ姿を見せんようになってのう、そっからスエカさんの認知症がちょっとずつ進んでいったらしいんじゃ、と言う爺さんの言葉に俺は心底、絶望した。
その女子中学生ってのは恐らく……小泉だったんだろう。
それまでは毎日────────小泉が遊びに来てスエカ婆ちゃんの様子を見ていたんだろうな。
だが─────予期せぬ妊娠と出産、慣れない育児や家事でとてもここにまで来ることが出来なくなったであろう事は容易に想像がついた。
それまでのスエカ婆ちゃんは家に遊びに来る小泉の為に菓子類を用意し、おにぎりをたくさん作って待って居たんだろう。
多分そのルーティンがあったからスエカ婆ちゃんの生活にもハリがあって─────だけど。
誰も来なくなってからは一気にボケてしまったのかもしれない。
どこまでも続く地獄への道のような現実。
爺さんは先程のテンションからは想像も付かないほど静かになっていた。
「ここには誰も住まんようになってのう。若いもんが面白がって携帯で撮影しながら中に入って馬鹿騒ぎするもんじゃけぇ……」
さっきは怒鳴ってしもうて悪かったのう、と爺さんはすまなさそうに俺に謝ってくる。
YouTuberや廃墟探検のノリで肝試しに来るDQNどもが居たんだろう。
俺は心底この爺さんが気の毒なように感じられた。
多分、同じ町内会や老人会だのでスエカ婆ちゃんと親交があったんだろう。
知ってる人間が孤独死してたってのは─────ショックだよな、やっぱりさ。
「いえ。とんでもないです」
俺は首を振った。
「突然訪ねて来たのはこちらですし──────あんなにお元気だったのに信じられないです」
教えて下さってありがとうございます、と俺は爺さんに礼を言い、その場を離れた。
何もかもが嘘みたいだと思った。
フラフラと歩きながら俺はタバコを吸おうとポケットに手を突っ込んだ。
カサリ、とした感触が指先に触れる。
シンジが渡してくれた小泉の現住所だった。
さっきまでは見る勇気のなかった紙片。
だけど、この状況だと──────もうこれ以外には選択肢は無いようにすら思えた。
思い切って取り出した小さなメモを見た俺は我が目を疑った。
頭がクラクラする。
「は?」
タチの悪すぎる冗談であって欲しかった。
小泉の現住所と結婚後の名前───────そこには見覚えのある人物の名前が併記されていた。
『 〇〇町3丁目10号 コーポ橋本 103号室 鬼怒川豪翔 鬼怒川鏡花 』
鬼怒川豪翔……!?




