ep6『さよなら小泉先生』 僕たちの失敗
今、なんて言った?
俺は息を呑んだ。
「……結婚?」
なんだ?
嫁に行ったのか?
嫁の貰い手があったっていうのか?
あのガサツでオタクな小泉がか?
嘘だろ?
にわかには信じられなかった。
だけど。
結婚って──────普通は[めでたいこと]なんじゃないのか?
でもさっき、コイツは─────『死んだと言うことにしておいた方がいい』みたいなニュアンスで話してたよな?
はい、とシンジは頷き、少し俯いた。
「中3の時だそうです。叔母────いや、鏡花姉さんが妊娠したというのは」
「ハァ!???」
思わず大きな声を出してしまった俺は咄嗟に掌で口を塞ぐ。
中3!?
俺があの古井戸の小屋でアイツと遊んでいたのは……確か中2で同級生だった時の筈だ。
尤も、あの小泉(13)は幽霊だったのか残留思念とかいう存在だったのかはわからない。
だが、あの姿の一年後─────つまり、翌年に妊娠したってことなのか?
俺は小泉(13)の顔を思い浮かべた。
漫画やアニメやゲームが好きで、クラスで居場所が無くて────────
どこかちょっとアホの子みたいなあの小泉(13)の姿と、『妊娠』というワードがどうしても結び付かなかった。
「……その、姉から中学時代の小泉さんの話を少し聞いてはいたんですが」
アニメや漫画が好きで、どちらかと言うと目立たなくて大人しい方だったと────と俺が言いかけるとシンジはやや食い気味に言葉を続けた。
「そうですよ!」
鏡花姉さんは元々はそういう人だったんです。なのにどうしてあんな事に、とシンジはぎゅっと握った拳を震わせた。
「え?」
何か──────あったんだろうか?
俺は最後の小泉(13)の姿を思い出した。
その姿はあまりにも無知で無防備で──────俺の脳裏に最悪の結末がよぎる。
「……まさかとは思うんですが……なんらかの犯罪に巻き込まれたということでしょうか」
俺の声が少し震えているのが自分でもわかった。
嘘だろ?小泉────────
なあ?
誰か嘘だって言ってくれよ。
今だったらなんでも許せる気がした。
そういう面白動画とか撮ってんだろ?
小泉やシンジや上野がプラカードとか持って登場してネタバラシすんだろ?
そうだろ?
でないと─────そんなのおかしいだろ?
どうして小泉(13)が──────?
いえ、とシンジは小さく首を振り、ギュッと唇を噛んだ。
「いつの頃からか────ある日を境に……鏡花姉さんは繁華街に度々一人で出掛けるようになったんです」
繁華街にある……ガラの悪い不良が集まるようなゲームセンターや溜まり場に頻繁に出入りするようになったらしくて──────と、シンジは俯いたまま続けた。
「え?」
俺の思考が停止する。
「家族みんな……物凄く心配したそうです。『そんな子じゃなかったのに』って──────」
シンジは正座したまま袴の裾をギュッと握り、声を震わせながら絞り出した。
「その時に───そこで知り合った不良に………」
まさか。
俺の心臓が早鐘のようにドクドクと暴れ出した。
「家族が気付いた時にはもう───────堕ろせる週数を越えていたそうです」
誰か早く嘘だって言ってくれ。




