ep0. 「真夏の夜の爪」 ㊺妊娠する確率
失敗したらって言われても…
「何だよ、俺らは将来の結婚まで考えねぇとヤったらダメって言うンかよ?」
そういう訳でも無いけどねぇ、と佑兄さんは冷蔵庫に氷を取りに行く。
まだ飲むつもりかいい加減にしろこの酔っ払いが、と少年は思った。
「避妊に失敗したらどうする?」
は?そんなんゴム付けるし。
妊娠させる訳無ぇし、と少年は困惑気味に答えた。
「一説によるとねぇ。ゴム付けて失敗する確率って15〜18%なんだって。なんか注釈あったけどうろ覚えで忘れちゃった。とりあえずガックン達はビギナーだし最大値の18%を適用させとくとしてだよ」
佑ニーサンは氷をグラスに入れるとまた適当な瓶の蓋を開けて注いだ。
本当に飲めさえすればなんでもいいと言った様子だった。
「18%って消費税より多くない?千円買い物したら百八十円?一万の買い物で千八百円払うことにならない?」
確かに、と少年は頷いた。
消費税に例えられてしまうと嫌でもそのパーセンテージの高さが実感できた。
「……意外に高ぇンだな」
そんなもんなのか?マジか?本当に?釣りじゃねぇの?少年は考えを巡らせる。
「もし妊娠したとしてだよ?」
佑ニーサンは話を続ける。
「ガックンには両親が居ないでしょ?あの子も全寮制の学校で生活するんでしょ?しかも最短でも十年は戻れないかも知れないんでしょ?」
そうだけど、と少年が小さく呟く。
「ガックンの知らない所であの子だけ苦しんで地獄を全部背負うことにならない?」
少年は背中に氷水を浴びせられたような気分になった。
暫く言葉を失った少年はやっとのことで感情を絞り出して佑ニーサンにぶつけた。
「さっきから何でそういうことばっか言うンだよ?俺らだけヤルのに資格や試験が要るってぇのか?世の中の奴ら全員こういうのクリアしてるっつぅのかよ!?」
まるで自動車学校の試験の引っ掛け問題のように悪意すら感じられる意味のわからない質問のオンパレードに少年は苛立っていた。
「資格や試験がないからこそだよ」
佑ニーサンは静かに言った。二人は暫く黙っていた。
店内には古いエアコンの動作音だけが響いていた。
「僕ね、結婚するんだ」
沈黙を破った佑ニーサンの第一声は意外なものだった。
結婚。
え、それはおめでとうございます、と反射的に少年はかしこまった返事を返す。
「へへ、ありがとうね」
佑ニーサンは笑って更にグラスの酒を呷る。
相手ってどんな人?という少年の質問に答えず佑ニーサンは暫く黙って酒を飲んでいた。
「由江なんだ。僕と結婚するの」
不意に佑ニーサンが呟く。
由江。
このバーにたまに居る佑ニーサンの従兄妹だった。
え!?と思わず少年が佑ニーサンの顔を見る。
「いとこって結婚できンの!?」
うん、法律上結婚できるけどね、と佑ニーサンは小さく頷く。
「まあ周囲に反対されるよね。ずっとされてたし」
じゃあ、やっと認めて貰えたンか?と少年が訊く。
「子どもが出来たんだ」
僕、もうすぐ父親になるんだよ、と佑ニーサンはグラスの酒を飲みながら笑ってみせた。
ええ…と少年は若干引いた。
こんな昼間から呑んだくれたベロベロの酔っ払いが父親?危機感薄いよ!何やってンの!?
「周囲を納得させようと思ってね、子どもが出来たらなし崩し的に入籍出来るって目論んでたんだけど」
子どもって欲しい時には授からなかったりするんだねぇ、僕ら七年掛かっちゃった、と佑ニーサンは天井を見上げた。
「僕ら二十二歳から妊活してたけどこれだけ時間かかっちゃった。いややっと授かって嬉しいよ。嬉しいけど……」
どういう事だ?出来たら困る時に限って失敗して妊娠させてしまうし妊娠させたい時には出来無ぇって事?
え?
佑ニーサンの突然の結婚&妊娠発表に少年はその真意を掴めず困惑した。
「じゃあこんなトコで飲んでる場合じゃ無ぇだろ、何か他にやる事は無ぇんかよ」
いや、これだけキミに伝えたいんだ、と佑ニーサンは小さく呟いた。
「僕ね、今のキミと同じ中二の時に由江を妊娠させた事あるんだ」
それはそれとしておめでとうございます。




