ep6『さよなら小泉先生』 Let's party!
あー。気が重いわ。
学校に戻るべきだというのは俺自身、よくわかっていた。
だが、どうしても気が進まない。
自分で勝手にやったことなのに───────面倒になっちまったんだな。
俺の足は自然と神社の裏手へと向かっていた。
いつものようにボロボロのドアに手を掛ける。
腐った材木は南京錠ごとゴトリと音を立てて落ちる。
ドアを開けると、既に小泉(13)がそこに座っていた。
「あれ?今日は随分と早いんだね?」
屈託のない笑顔を向けてくる小泉(13)。
コイツは何も悪くないのに──────今日の俺は無性に苛々してたんだな。
ああ、とそっけない返事をして小泉(13)の横に座る。
ふと顔を上げた俺は、僅かな違和感を覚えた。
空気がいつもと違う?
古井戸の周囲に縄が張り巡らされ、ヒラヒラとした紙が取り付けられている。
祭りの時によく見るアレだ。
「なあ、この紙ってなんなん?」
昨日まで無かったよな?と俺がなんとなく口にすると小泉(13)がすぐさま答えた。
「ああ、これはね。紙垂って言うんだよ」
俺はもう一度古井戸の付近を見た。
漆塗りだろうか。高そうな長方形の盆が置いてある。
その上には大きさが違う盃が三枚、重ねて載せられていた。隣には急須のようなものもある。
赤くて艶々とした食器類は薄暗いこの場所には場違いに思えた。
「なんで高級食器が置いてあるんだ?昨日までは無かったのにさ」
「御神酒だと思うよ。この小屋、古いでしょう?建て替えの為の地鎮祭の準備で置いてあるんだろうけど─────」
そこまで言った小泉(13)の表情は少し暗かった。
「え?建て替え?」
思わず俺も聞き返す。
そう言えば、大人の方の小泉もそんな事を言ってたっけ。
そこまで考えて、ふと俺は気付いた。
小泉(13)に会えるのがこの場所だけだとしたら─────建て替え工事によって二度と会えなくなる可能性もあるのか?
俺はチラリと小泉(13)の横顔を見た。
いつものように漫画本を山積みにして、菓子類の袋をその横にドサドサと置いている。
カントリーマアムの大袋も、じゃがりこのパッケージも未開封だった。
たぶん、俺が来るまで待っていたんだろう。
俺は呼吸が苦しくなるのを感じた。
工事が始まってしまえば────この建物が壊されれば、二度とコイツには会えないかもしれない。
俺は自分で自分の感情がわからなくなってたんだろう。
苛立ちと喪失感。
自分でもなんでこんな事をしたんだか理解できないんだが─────俺は漆塗りの急須を手に取ると小泉(13)にそれを渡した。
「なあ、ちょっとだけ飲んじまおうぜ。軽く注いでくれよ」
ふざけ半分のノリで俺がそう言うと、小泉(13)は驚いた表情を浮かべた。
「……え!?なんで急に?」
「まあ、いいからいいから。飲んじゃおうぜ。チョロっとだけだからさ」
俺が強引に盃を手に取ると、小泉(13)は戸惑いながらも御神酒を注いだ。
俺は盃に一、二回口を付けた。
日本酒だけあって度数がキツい気がするが─────自分で言い出した手前、飲まない訳には行かないので三度目で一気に飲み干した。
日本酒ってやっぱキツい。