ep0. 「真夏の夜の爪」 ㊹100年の孤独と花嫁、恋愛至上主義
大人になったらなんでも出来るって訳じゃねぇんだ？
じゃあ、と少年は反論する。
「大人になったらビールも酒も旨く飲めてセックスも完璧に出来るって言うンかよ？」
そこが難しいとこでねぇ、と佑ニーサンは溜息をついてみせた。
「大人になってもビール飲めない人も居るしセックスが苦痛な人も居るし」
そもそも、と佑ニーサンは続けた。
「大人になってもセックスしない・ 出来ない人も居るしね」
個人差があるからねぇ、という言葉に少年は黙った。
何だよ、大人になったら酒もいくらでも飲めるし煙草も吸い放題だし女は抱き放題とかじゃ無ぇんかよ、と予想外の佑ニーサンの言葉に少しのショックを受けた。
え？そういうもんなの？
早く大人になりたい、と常に願っていた少年にとっては嬉しくない情報だった。
「苦痛ってなんだよ？最初に痛ぇのは女だけじゃねぇの？俺に関係ある？」
面白くない様子の少年の表情を見た佑ニーサンはニコニコと笑ってみせた。
「ガックンはきっと過大評価してるんじゃない？過度に期待して夢見過ぎっていうかさ」
セックスって概念を、と呟いた後に更にこう付け加えた。
「でもそれはこの世の中の風潮が全部そうなのかもねぇ」
何が過大評価だってぇんだよ、意味わからんし、と少年はカウンターの表面を指で何回か弾いた。
「この世の中って恋愛至上主義みたいなとこあるじゃない？恋愛こそ至高でその愛情表現の最高到達地点がセックスみたいに思われてる節があるって言うかさ」
セックスしない人、いい歳して処女童貞はダサいしみっともないし欠陥があるみたいな風潮っていうか？と酔っているはずの佑ニーサンは淀みなく続ける。
「例えばキミ達中高生が読むマンガとかあるじゃない？僕はあんまり詳しく無いんだけどさ。少年誌に載ってるちょっと過激なラブコメみたいなのとか少女誌にある同じく過激な少女マンガとかさ」
そういうマンガって愛し合う二人が両思いで結ばれてセックスして終わり、みたいなストーリーだったりするでしょ？と佑ニーサンはカラカラと氷の入ったグラスを回しながら確認する。
「でもさ、現実の世界だとセックスしてはい終わりって訳じゃなくない？ミスれば妊娠もするし病気をもらう可能性もあるんだし」
まあ……たしかに、と少年は頷いた。
「マンガやアニメのキャラは歳は取らないけど現実に居る僕らは歳もとるし適齢期もある。別れずに交際を続けてたらそのうちにどうしても結婚や出産も視野に入ってくる。人生百年時代って言うけどその後の人生も続いてくでしょ？」
結婚。
少年はマコトの言葉を思い出した。
医者になれなければ親の決めた相手と結婚する。
いずれにせよ、マコトと少年との間にはとてつもなく大きな壁があるようにも感じられた。
「ねえ、ガックンは前に早く結婚したいって言ってたよねぇ。巨乳の歳上？なんだっけ？」
いや巨乳とは言ってねぇよ、巨乳のが嬉しいけどそうでなくてもいいし、と少年は訂正した。
あと料理上手な女がいいよな、とも付け加えた。
「あの子とはどう？」
軽く交わされた会話の中で突如として突きつけられた選択肢。
少年の脳裏にウェディングドレス姿のマコトが一瞬浮かんだ。
しかし。
それ以上のビジョンは浮かんではこない。
いやそんなこと言われてもわかんねぇし、と少年は答える。
似合うだろうけどさ。
