ep0. 「真夏の夜の爪」 ㊸シャンディガフ、一夜限りの情事
「好き」ってどういう状態?
考えを纏め切れない少年はただ、わからない、とだけ呟いた。
「じゃあ、ガックンは好きかどうかわからない子とセックスするんだね?」
そーいうのセフレって言うんじゃあないのー?といつもは柔らかな物腰の佑ニーサンがやたらと絡んで来る。
しかし。
佑ニーサンの言うことも尤もだった。
どうして?何の為に?好きかどうかわからないのに?
少年は苛々しながら答えた。
「は?大人だって風俗に行くしセフレも作るしワンナイトも楽しむしで宜しくやってンじゃねぇの?何で俺らだけ一々突っかかられなきゃなンねぇんだよ?」
その都度理由が要るってぇのかよ、と少年は佑ニーサンに喰ってかかる。
そうだねぇ、と佑ニーサンは笑ってグラスを取り出し雑にボトルのバカルディモヒートを注いだ。
銘柄はどうでも良く最早飲めればなんでも構わないといった様相だった。
「ところでガックンはビール飲んだことあるぅ?」
調子外れな声で佑ニーサンが問いかける。
相当酔いが回っているようだった。
ああ、と少年は自信ありげに頷いた。
この前飲んだし、とやや誇らしげに答える少年を尻目に佑ニーサンは追い討ちをかける。
「で?どうだった?美味しかった?全部飲めた?」
それは…と少年は歯切れの悪い様子で答える。
「なンか不味いし苦いし…ジンジャーエールで割って飲んだけど」
ヒュウ、と佑ニーサンは大袈裟に口笛を吹いて驚いた仕草をみせる。
「シャンディガフじゃん、初ビールでおっしゃれー!」
「シャン…え?何だって?」
得体の知れない横文字がよく理解出来ない少年は聞き返す。
「ビールとジンジャーエールを割るカクテルがシャンディガフって言うんだよ〜」
上機嫌の佑ニーサンは一気に酒を呷る。
あの日マコトと飲んだ得体の知れない液体にはシャンディガフという名称が既に与えられていたのだ。
それは新鮮な驚きであった。
今度マコトに教えてやろ、と一瞬考えた後に少年は我に返った。
そのマコトとは明日でお別れなのだ。
「で?そのシャンディガフは飲みやすかった?美味しく飲めた?」
いや、と少年は首を振った。
「ジンジャーエールで割っても不味いしさらにマスカットジュース足しても苦かった」
少年は正直に答えた。
でしょうね、と佑ニーサンは笑顔で頷いた。
「セックスもそれと同じだよ」
え?と少年が思わず聞き返す。
「どういう意味だよ?」
「中学生にはまだ早いってこと」
佑ニーサンがピシャリと断言した。
は?関係ねぇし?そういうのウザいんですが?と少年は佑ニーサンを睨みつけた。
あはは、必死だねぇ、と佑ニーサンは皮肉めいた様子で笑ってみせる
「ビール飲んでみて美味しくもないし苦かったんでしょ?ジンジャーエールで割って飲んでも変わらなかったんでしょ?マスカットジュース足しても量が増えただけで飲み切れずに持て余してたんでしょ?」
同じことだよ、と佑ニーサンは小さく呟く。
「大人にならないうちは楽しめないことってあるかもね?」
は?なんだよ説教かよ。