ep6『夢千夜』 “壊れた夜” 第十八夜
マジかよ。
「……おい?センセェ?」
俺は小泉の身体を揺さぶった。
─────どうしよう。マジで死んでたら。
よくさ、“腹上死”ってワード聞くじゃん?
セックス中に死ぬやつ?
ああいうのって映画やドラマとかだと金持ちの老人が多いイメージだけど─────
若い女でもこういうことってあるのか?
不安に駆られた俺は小泉の身体をもう一度強く揺さぶった。
「なあ!センセェってば!」
「…………」
小泉の瞼が静かに開いた。
生きてる。
俺は心底ホッとした。
良かった、死んでねぇ。
「大丈夫かよ、センセェ」
俺が声を掛けるも、小泉は現状を理解出来ていないように見えた。
「………?」
小泉は上半身を起こし、周囲を見回した。
「……」
っても、周囲にあるのは仏壇や襖、それに目の前に居るのは俺だし。
「……ああ、そうか」
やっと我に返ったのか、小泉はぼんやりした様子で呟いた。
「急にどうしちまったんだよ?」
俺がそう問いかけると小泉は釈然としない様子で答えた。
「……いつの間にか眠ってしまっていたようだ。すまんな」
寝落ちか?
急にそういう事ってあるか?
まあ、小泉って普段からソシャゲに四六時中張り付いててランキング走ったりしてるし、深夜アニメをリアタイとかもしてるし────
連日夜更かししてて、慢性寝不足が服を着て歩いてるような存在だからな。
疲れと緊張のせいもあるんだろう。
「まあ、なんにせよ良かったじゃん。無事に終わったみたいで」
そう言うと小泉はポカンとした様子で俺の顔を見た。
「…………」
少し黙った後、小泉はまた布団に横になるとそのまま大粒の涙をポロポロと溢し始めた。
「……え!?」
小泉は黙ったまま、何も言わずにただ天井を見つめて涙を流している。
「どうしたんだよ!?」
驚いた俺は慌てて小泉に問いかけた。
小泉は何も答えない。
ただ、黙ったまま静かに涙を流していた。
俺は小泉の腰回りの布団を見た。
うっすらとした赤い染みが滲んでいる。
やっぱ血が出てんのか。
いや、出るよな。当たり前か。
「もしかしてまだ痛いのか?傷口とか消毒するか?」
俺が声を掛けると小泉は黙ったまま首を振った。
「あ、そうだ。痛み止めとかあるけど」
俺は居間にあった置き薬の箱の引き出しを開けた。
消毒液も絆創膏も痛み止めも入っていた。
ところでさ、置き薬って知ってるか?都会だとあんま馴染みが無いかもだけどさ。
田舎だとこの『置き薬』ってのがまだ結構あるんだな。
まず、セールスマンが『置き薬の箱一式』を各家庭に置いてくんだ。中には風邪薬から頭痛薬、のど飴や湿布なんかもフルで揃ってる。
この時点では金は一切掛からないんだ。
で、夜中とかに熱が出たりするだろ?薬局は当然開いてない。
そんな時に引き出しから必要な薬を出して使うって寸法だ。
定期的にセールスマンが巡回してるから、在庫チェックして使った分の代金だけ払うって仕組みだ。
在庫補充もしてくれるし、古くなったものは取り替えてくれるから便利なんだな。
爺さんが死んでからは金が無いのもあってなるべく使わないようにしていたが─────
俺は鎮痛剤と消毒液を持って小泉の所に行った。
「なあ、痛かったらこれ飲めよ」
小泉は無言で首を振る。
「傷口が痛いのか?手当てするか?」
引き出しにあったガーゼを出し、小泉に見せた。
「まだ血が出てるのか?ガーゼで押さえとくか?」
止血って事は出来ないだろうけど……あ、でも消毒したら沁みて余計痛いだろうか。
小泉はまた無言のまま首を振った。
どうしよう。
小泉はなんでさめざめと泣いてるんだろう?
──────俺は女に泣かれるのが一番苦手なんだよ。
爺さん婆さんが生きてる時にさ、留守中勝手に置き薬の中の『のど飴』を食って怒られたっけなあ。