ep6『夢千夜』 “壊れた夜” 第十五夜
また俺は選択ミスったのか。
────しかし『やっちまったな』的な落胆をしている場合でも無い気もした。
駄目なものは仕方が無いだろう。
多分、俺には判らないだけで───────
軽く触れられただけでも滅茶苦茶に痛い場所だったのかもしれないし─────?
箪笥の角に小指をぶつけた時って死ぬ程痛いだろ?
あんな感じでさ、傍目にはそう痛くなさそうに見えるけど実は激痛だったりするのかもしれない。わからないけど。
成り行きとは言え、俺みたいなガキに身体を弄られる羽目になっている小泉に心底同情した。
もし逆の立場だったら────俺は耐えられないかもしれない。
しかし、セックスってのはさ、なんか焼香みたいだよな。
葬式の時にさ、焼香ってあるだろ?
参列者が順にやってくヤツだ。
あれってさ、事前にレクチャーしてもらう機会ってあるか?
俺はなかった。
婆さんの葬式の時だが──────
前の方に座ってる人間から順にやってくだろ?
やってるヤツの後ろ姿は見えるんだけどさ、正面からは見えない訳じゃん。
俺、ぶっちゃけるとアレって『何か食ってる』って思ってたんだよな。あ、小学生の時だぜ?
俺の焼香の順番が来てさ、いざ食べようとしてたらなんか食えなさそうな質感じゃん、アレってさ。
でさ、焼香のレーンって二列あったから隣のヤツを慌てて見た訳なんだけど。
食ってないんだよな。当然だけど。
器に入ってる砂みたいな粒々した物を摘んでデコの位置に持っていってさ、それで別の器に移してって作業で。
俺もとりあえず見様見真似でやった訳なんだよな。
それで無事にその場は乗り切ったんだけどさ。今でも結局、『正しい焼香』ってのがわかんねぇんだ。
漠然としたイメージしかねぇし。
セックスもそれと似てるよな。
誰かがちゃんとレクチャーしてくれた訳でもねぇし。
AVとかの見様見真似でそれっぽく振る舞ってるだけでさ。
『正しいセックス』なんてもんは俺にはわかんねぇし、多分だけど小泉もあんまわかってねぇんじゃないか?
小泉は黙ったまま視線を宙に泳がせている。
怒ってるんだろうか。
それとも嫌だった?
俺は意を決して小泉に話しかけた。
「─────なあ」
小泉はビクリとした様子で肩を震わせる。
コイツもガチガチに緊張して警戒してんだな。
「そろそろ先に……進めてっていいか?ほら、ちゃんとほぐしかないとさ─────」
俺はキチンと訊いてから実行する事にした。
小泉にもタイミングとかあるかもしれないし。
「……っ!?……ほぐす!?」
悲鳴のように短く小泉が聞き返す。
「いや、一応さ……慣らしてからの方が良くないか?」
────それともイキナリぶっ込んでいいのか?と俺が言うと小泉はブンブンと頭を振った。
「……いや、それは……!」
「じゃあ少しずつゆっくり入れて行こう」
小泉はその言葉に対し、驚いたように目を見開いた。
「……ちょっ……!えっ……早くないか?」
「早い?」
俺は聞き返す。
「いや、俺の方はいつでもいいし─────センセェに合わせるけどさ」
センセェの心の準備が出来るまでいつまででも待ってやれるけど、と俺はなるべく小泉を安心させるように慎重に言った。
「それってさ、センセェの決心がつくまでお互い半裸のままでずっと布団の上で絡み合ってるって事になんないか?」
「……!」
小泉が動揺したのが伝わってきた。
まあ、俺はまだ脱いでないけどさ。
結局そういう事だろ?
“進行させずに途中で保留みたいにしとく”ってのはさ。
まだ“進めていかない”にせよ──────
結局、このままの状態でずっと絡んだままでいるってことだもんな。
てか、小泉的にはそっちの方がキツいんじゃないのか?
「〜〜〜〜っ!」
小泉の動揺が滅茶苦茶こっちにも伝わってくる。
やっぱ怖いんだろうか。
決心が付かないせいかしばらく無言の小泉だったが、ようやく口を開いてこう言った。
「……その……すまない。私は大丈夫だから……進めてくれ……」
その表情は読み取れなかった。
ああ、と俺は静かに頷いた。
その身体のまだ誰も踏み込んだことのない場所の奥深くに───────俺はそのままゆっくりと視線と指を這わせた。
まあ、時間かけすぎても気まずいよな、お互いに。




