ep6『夢千夜』 “壊れた夜” 第六夜
俺の趣味みたいに思われてる?
俺は硬直したまま動けなかった。
冷や汗がダラダラと背中を流れる気がした。
コレじゃあまるで俺がノリノリで小泉に裸ワイシャツを着せたみたいじゃねぇか。
なんか俺がそういう趣味みたいじゃね?
「……えっと、あの、新しい服ってのがソレしかなくて」
なんか俺、しどろもどろに言い訳してるみたいになってるな。
「……ほら!タグだって今切ったばっかだし、着るならクタクタの古着より新しいヤツの方がいいかなって!」
俺はちゃぶ台の上に置いていた切ったばかりのタグを指さした。
まあ、その辺のことは嘘じゃねぇんだけどさ。
だってさ、ヨレヨレの服とか渡してキレられても困るじゃねぇか。
ダメ出しされなさそうな『新しくて綺麗な服』って考えたらコレしかなかったって言うかさ。
そうか、と小泉は小さく頷くと申し訳無さそうにに呟いた。
「……気を遣わせてすまなかったな」
小泉は黙ったままその場に座った。
ちゃぶ台を挟んで向い合わせに座っている俺と小泉。
どちらも何も言い出せずに気まずい沈黙が流れる。
おいおいおいおい。
コレってどうしたらいいんだよ?
え?ヤる流れ?
なんて言って聞いたらいいんだ?
小泉的にはいいのか?
どうすりゃいいんだよ。
裸ワイシャツの小泉を目の前にして俺の思考はグルグルと駆け巡る。
────イキナリ勝手な事したら怒られそうだしなぁ。
かと言って何も手を打たないって訳にもいかないだろうし。
何せ、鳥居が崩壊したら周囲の家屋もタダじゃ済まないだろう。
場合によっては怪我人が出てもおかしくない。
どういう選択をするにせよ───────
すぐにでも決断しなきゃなんねぇのは明白だった。
小泉は黙ったまま俯いている。
俺は更に考えを巡らせた。
車で鳥居に激突ってのは完璧に物損事故だ。
普通なら警察に連絡するべきシチュだろう。
だけど。
小泉が連絡してきたのは俺のとこだし───────
その後に俺の家に移動した挙句に風呂まで入って──────
オマケに不可抗力とはいえ、裸ワイシャツ状態にまでなってる。
この事実の積み重ねだけでもう答えは出てるじゃねぇか。
拒否状態の女の行動じゃねぇよな。
──────ということは。
俺の取るべき行動ってもう決まってるよな。
途端に緊張が俺の身体を走る。
マジかよ。
いいのか?ガチでそんなことしても────────?
俺は首を振った。
だけど、その前に──── 念の為に小泉に確認しておきたいことが一点だけある。
意思とかそういうのじゃなくて、現状の確認だ。
「……あのさ、ちょっと確認しときたいんだけど」
意を決して俺は口を開く。
小泉の肩がビクッとしたのがわかった。そうビビんなよ。
「……えっとさ、佑ニーサンとかフーミンが話してたのチラッと聞いたんだけど──────」
車を運転してんだったらさ、保険とか入ってるんじゃねぇの?と俺は小泉に切り出した。
保険の仕組みとかよくわかんねぇんだけどさ、車とかバイクって事故ったら保険金が下りるんだよな?
だったらさ、小泉が借金を背負わなくても、わざわざ俺とこんな事しなくても──────
保険金で全部解決って方法もあるんじゃないかって思ったんだよな。
小泉は俯いたまま、言いにくそうにこう答えた。
「────事故の直後……急いでダッシュボードにある自動車保険の証券や書類を探したんだが」
……よく見たら更新を忘れてて期限が切れてて、と小泉は小さな声で項垂れた。
「は!?」
思わず俺は声を上げた。
「更新し忘れって……金払うのを忘れてたって事か!?」
小泉は黙ったまま俯いている。
「ってコトはさ……無保険状態って意味で合ってるのか?」
小泉は震えながら小さく頷いた。
保険は使えねぇって訳か。
という事は。
やっぱり「(場合によっては)数千万の借金を背負う」か「時間を戻ってリセットする」の二択しかねぇんだな。
迫られるリアルな決断に俺は目眩がしそうになった。
よりによって無保険かよ……