ep6『夢千夜』 “壊れた夜” 第二夜
大変な状況になってるじゃねぇか。
俺はぼんやりと考えを巡らせた。
恐らくだが──────
これは小泉からは言い出しにくい状況だろう。
何せ前々回は──────俺の急所を強打してまで死に物狂いで抵抗して来たからな。
前回は教え子の命が掛かっていたのでやむなく、っていう状況だっただろうが────
多分だけど、“他者の為にならプライドも信念もかなぐり捨てる事は出来るが、自分の為には出来ない”みたいなものが小泉の中にあるんじゃないか?
それに。
普段は忘れがちだけど、小泉は教師で俺は生徒なんだ。
小泉の性格を考えると、まず自分からは言い出せないだろうな。
だとしたら。
俺はなんでもない様子を装って小泉に提案した。
「ま、なんでもいいんだけどさ。とりあえずここを離れようぜ?誰かに見つかった時点でアウトだろ?」
「……あ、ああ」
小泉は狼狽したまま頷いた。
『どういう選択』をするにせよ──────
ここで俺達が一緒に居るのを見られた時点で詰みだ。
もしそうなったら─────そこから先、選べる選択肢は消滅するだろう。
とにかく移動しよう、と俺は小泉の顔を見た。
真っ青な表情の小泉はその場に立ち尽くしている。
膝が微かに震えているのがわかった。
歩けないのか。
俺は小泉の手を取り、軽く引っ張った。
「車で移動すんのも不味いだろ?ちょっとなら歩けるか?」
小泉は無言で小さく頷いた。
無理もないか。
石造の大きな鳥居─────
この神社の周辺には他の民家や住居が密集してるんだ。
遥か昔の時代──────
明治とか大正とか、あの辺りだともっと栄えてた宿場町だったんだなってのが垣間見える街並みなんだ。
神社まで続く道も、かつては仲見世通りとして賑わってたんだなって気配が僅かに残ってる。
仮に鳥居が倒壊したとしたら、周囲への被害も免れないだろう。
もしも“忌み子”としての俺が存在していなかった場合は─────
119番通報でもして、近隣住民を避難させるのが最適解だろうな。
けど、現時点でどうするのが正しいかなんて俺にはわからない。
小泉だってわかってないだろう。
俺は小泉の手を引き、自宅までの道のりをゆっくりと歩いた。
神社の近くの池の周りでは桜が満開だ。
俺たちの頭上に桜の花びらが雪のように舞っている。
小泉の手はいつものように冷たい。
時々、フラフラしているようだ。
「ちょっと待ってな」
俺は立ち止まり、曲がり角にある自販機で飲み物を買った。
こういう状況で飲むものとして相応しいかどうかなんて知らないが、とりあえずモンエナを一本買った。
手持ちの小銭では一本しか買えなかったからな。
俺は小泉にそれを差し出した。
「歩くのもやっとでヨボヨボじゃねぇか。これでも飲んでろよ」
小泉はまたしても無言で頷き、それを受け取る。
しかし。
プルタブを開けようとする小泉の指はカチカチと缶の上を滑るだけで、一向に開けることが出来ずにいた。
缶を開ける事も出来ない状態なのか。
「ちょっと貸して」
俺は小泉の手から缶を奪い、プルタブを開けて再び渡した。
「……ああ、すまない」
小泉の顔はずっと青いままだ。
俺たちはそのままゆっくりと歩き続ける。
震えながらモンエナを飲む小泉を俺は黙って見ていた。
少し飲んだ後、小泉は申し訳無さそうに呟いた。
「……あの、買って貰ったのに悪いんだが─────」
少し頭は冴えてきたんだが、もうこれ以上胃に入らない、と言う小泉から缶を受け取る。
2/3程残っていた。
まあそうだよな、と俺は頷いた。
この手の炭酸飲料って一気に飲み干すような性質のモンじゃないからな。
「じゃあ俺が飲むわ」
小泉の手を引きながら歩き、俺はモンエナを飲んだ。
「……あ!」
繋いだ手から、小泉がピクリと身体を反応させたのが伝わってくる。
わかるぜ、小泉が何を言おうとしてたのかってのは。
「え?捨てたら勿体なくね?」
……まあ、それはそうだが、と小泉は再び目を逸らした。
けどさ、俺達──────今からそれどころじゃない事をしに向かってるんだろ?
同じ値段でもレッドブルならこんな事にはならなかった。




