ep0. 「真夏の夜の爪」 ㊴ゼロ距離、秘密の暴露
真夜中のタンデム。
ずっとマコトの頭を撫でていた少年はふと顔を上げた。
マコトの肩を揺さぶる。
「……なあ、今から海に行かね?」
マコトは顔を上げて少年を見る。
「……海?」
「そ、海」
少年は少し笑うと自分の涙を拭った。
「バイクで行こうぜ。この時間なら乗れっからよ」
まだ頭がぼんやりしているマコトの涙を指で拭ってやると少年は立ち上がった。
「待ってな、バイク取って来っから」
泣き疲れてぼんやりしているマコトを尻目に少年の姿は暗がりに消えた。
一五分後に少年はバイクに乗ってマコトの前に現れた。
おう、乗れよ、と少年はヘルメットをマコトに渡す。
ガックン、と小さく呟いたマコトはよく分からないままヘルメットを受け取る。
少年に促されるままヘルメットを被り恐る恐る後ろに跨った。
想像より何だか不安定な乗り物だとマコトは思った。
「これ二人乗り仕様じゃ無ぇからよ、しっかり掴まってろよ」
マコトが少年の身体に掴まったのを確認するとバイクは急発進した。
マコトにとっては初めてのバイク二人乗りである。
予想外のスピードと轟音に半ばパニックになった。
わー! わー! とマコトが叫ぶ。
エンジン音にかき消されてマコトの声は夜の闇に消えていく。
次第に速度を増すバイク。
恐怖に固まったマコトはなりふり構わず少年の背中に全力で抱き付き、肋骨を折りかねない勢いで両腕を少年の腹部に巻きつける。
母親に縋る赤ん坊のような必死さでゼロ距離で少年とマコトの身体が強く密着する。
ほのかに背中に感じられるあり得ない柔らかさと体温に少年は違和感を覚えた。
轟音はその違和感を掻き消さずに少年の脳裏に深く侵食して行く。
夏の夜、〇時付近の海沿いの道路は交通量も全く無かった。
まるで世界は少年とマコトの二人だけになったような不思議な感覚だった。
静かで暗い海。
バイクはゆっくりと止まり、マコトと少年は黙ってその場所に立った。
二人だけの世界。
少年の背中は汗と体温で熱気を放っていた。
少年はバイクから降りたマコトを見つめた。
パーカーのフードを被ったままその端を両手で持ってマコトは少年を見ている。
少年は何か言いかけてその言葉を飲み込んでマコトの目を見た。
感じたことのない種類の沈黙に二人は支配されていた。
マコトは黙って俯いていた。
その表情はどこか赤みを帯びており、少年の感じた疑問の答えを無言のうちに提示していた。
今まで存在した複数の違和感がパズルのピースのようにピタリとハマって行く過程を少年は感じていた。
少年は意を決して震える口を開いた。
なあ、マコト。お前さ、まさかとは思うんだけど、と少年が沈黙を破る。
伏目がちなマコトは少年の顔を直視出来ず紅潮させた頬を夜風に晒していた。
マコトは否定しない事で少年の問いかけを肯定していた。
今にも泣き出しそうなマコトは意を決して少年の顔を見た。
「……そのまさかだよ」
え?