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ep5. 『死と処女(おとめ)』 虚勢と去勢

この神社、社務所が意外に広いんだよな。

小泉に促されて俺は風呂に入った。


嘔吐して汚物に塗れて悲惨な有り様だったからな。


そう広くはない浴槽だったが素材はヒノキのようだった。豪勢だな。


いい香りが浴室に漂っていた。


身体を流して湯船に浸かると、纏わり付いていた感情や穢れが溶けて行くように消える。


風呂にお清めの塩でも入れてる?何か特殊な効果があるんだろうか。


HP回復するとかあんの?


ぼんやり考えながら俺は浴槽に沈み込んだ。


1時間ぐらい経ったかもしれない。


ドアの向こうで小泉の声がした。


「……おい佐藤?のぼせて気絶してないか?」


俺は慌てて大丈夫だ、と返事をした。


流石に長過ぎた気もする。


急いで湯船から上がると脱衣所に置かれていたのはバスタオルと白い着物?長襦袢のような物だった。


着方がよく分からないので適当に羽織って紐を結ぶ。


部屋に戻ると小泉からポカリのペットボトルを渡された。


「さんざん吐いた後に長風呂したんだ。脱水症状になる前に飲みなさい」


俺は言われるままにポカリを飲んだ。


気がつくと一気に全部飲み干していた。


枯れ木のようだった身体中に生命力が戻った気がした。


気分はすっかり落ち着き、身体もすっかり回復したように思えた。


「あの風呂って何か仕掛けとかあんの?HPMP全回復の勢いなんだけど」


何気なく言った俺の言葉に小泉が反応する。


「特に何も無いが─────強いて言えば井戸水って事ぐらいか?」


なるほどな、と俺は頷いた。


都会の人間にはピンと来ねぇだろうが、『蛇口をひねったら出るのは井戸水』って田舎あるあるなんだよな。


水道料金が掛からないのが魅力ではある。


神社の地下を通ってる井戸水のお陰か、俺の身体は清められたように心地よくなっていた。


「世話かけて悪かったな、センセェ」


ありがとな、と俺は改めて小泉に礼を言った。


「そうか。具合が良くなったなら何よりだ。しかし、たくさん吐いていたからな─────」


もし気が向いたらでいいんだが、と前置きして小泉は盆に載った物を俺の目の前に差し出した。


そこにあったのは不揃いでいびつな“おむすび”だった。


身体が空になっていた俺は何も考えずに手を伸ばした。


「へー。気が利くじゃん。貰うわ」


塩味だけのシンプルなおむすび。


胃の中の全てをぶち撒けた後の俺にとって、具のない塩むすびはピッタリの食事だった。


普段ならツナマヨとか梅干しみたいな具が入っている方が好みだが、胃腸が弱ってる時の塩むすびは丁度いいものに思えた。


「たまにはこういうのもいいもんだな」


あっという間に俺は盆の上のおむすびを平らげてしまった。


結構食ったな。


湯呑みに入ったお茶を差し出しながら小泉がホッとしたように小さく呟いた。


「─────全部食べてくれて安心したよ」


小泉の表情が少し和らぐ。


ん?


「あれ、もしかしてコレ、センセェが作ったん?」


俺の問いかけに対し、小泉は少しムッとしたように答える。


「……なんだ?悪いか?」


握るだけなんだから失敗はしなかっただろう?と小泉はやや不服そうな表情を浮かべた。


「そうじゃねぇよ」


俺は全力で首を振った。


「俺の為にわざわざ作ってくれたんだなって─────」


握るだけとは言え、お粥や目玉焼きを消し炭にしていた小泉がよくぞここまで成長したものだ。


俺はなんとなく温かい気持ちになっていた。


「センセェには迷惑ばっか掛けちまったな。いっつもそうだし────」


俺がそう言うと小泉はそれを否定した。


「佐藤。お前はまだ子どもなんだ。そんな事は考えなくてもいい。一人で全部背負う必要はない」


いつでも誰かを頼っていいんだ、と小泉は真っ直ぐに俺の目を見据えた。


子ども。


そっか。


「今の俺って─────大人じゃねぇから子どもなんだよな」


俺はふと、思考の奥底に押し込めていたものを思い出してしまう。


考えたくなかったのに。


向き合うのが怖くて、頭の片隅に追いやっていたこと。


「今の俺は大人じゃないのに─────子どもなのにどうして身体にこんな機能が付いてるんだろうな」


「こんな機能とは?」


小泉が怪訝そうに聞き返す。


「生殖能力だよ。なんで必要ねぇのにセックスする機能があるんだ?」


それは、と小泉は言葉を詰まらせる。


「─────俺には要らねぇよな。こんな機能。欲しくなかったし……」


多分この先も。ずっと、と言う俺を小泉が見つめた。


「俺さ、もうこんな思いとかするの嫌なんだ。もうセックスなんかしたくない」


一生セックス出来なくていい、と俺が吐き出すように言うと小泉は悲しそうな表情を浮かべた。


「どうしてそう思えるんだ?─────もしも将来、誰かを好きになったら?」


ねぇよ、と俺はそれをすぐさま否定した。


「俺は誰も好きにならない。セックスもしたくない」


もううんざりなんだ。一人で息を殺してひっそりと死ぬまで静かに過ごしたいだけなんだ、と俺は正直な気持ちをぶち撒けた。


「─────佐藤」


小泉はただ黙って俺を見ていた。


何か言いたかったのかもしれない。


だけど、俺にはもう無理だって悟っちまったんだよ。












「─────俺はこの先、一生セックスなんてしない。もう決めたんだ」

最強のリスクマネジメントだろ?

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