ep5. 『囚人と海(下)』 事後、限られた時間の中で
こっからは例の文庫本の内容になってる。
少年は駆け足で暗い田舎道を急いでいた。
街灯のないエリア。
自殺志願少女の自宅を抜け、少年はある場所へと向かっていた。
疲れたし大変だっただろう?と少女に声を掛け、飲み物を買うフリをしてその場を逃げるようにして離れたのだが─────
途中、二度三度と吐き気に見舞われた。
理由は彼自身が一番知っていた。
『人として最低の行為』
少年の中で、自分のやった行いはそれ以外の何物でもなかった。
自殺志願者である少女を救う為、自分自身で決めた事柄であるとは言え─────
それを全て一人で背負う事は少年には荷が重すぎた。
[概ね30分前後]
それは彼自身が導き出した事後に活動出来るおおよその時間だった。
全てを巻き戻す呪い。
しかしその代償は彼自身が払うのだ。
少年は途中で立ち止まり、田んぼに向かって吐瀉物を吐いた。
彼の心はズタズタに引き裂かれていた。
何度時間を戻ろうとも、彼自身の心は傷付いたままだ。
手の甲で口を覆い、胃液と唾液を吐き捨てるとまた走り出した。
「……間に合ってくれ」
誰に言うでもなく、一人呟く。
彼にはどうしても─────全てがリセットされる前に会わねばならない人物が居るのだ。
目的地周辺。
手入れの行き届いていない古びた平屋。
彼は小石を灯りの付いた窓に向かって投げた。
コツン、コツンという音が虫の音と共に周囲に響く。
何個か目の小石が窓ガラスに弾かれた時だった。
窓が開き、部屋の主が顔を出した。
ショートカットで眼鏡を掛けた地味で大人しい少女。
「水森!」
少年は構わず叫ぶ。
「……佐藤君?」
少女はかなり驚いて声を上げたようだった。
どうしたの、と絞り出すのが精一杯だった少女は少年を凝視する。
この二人は同じクラスではあるが─────特段、親しいと言うほどでもなかった。
以前に込み入った話をしたことはあったが─────
深夜の時間帯の訪問というのは明らかに異常な事態である事は明白だった。
二度三度息を吐き、呼吸を整えた少年は意を決したように少女に告げた。
「俺、たった今─────夢野とヤッて来たんだ」
何の報告だよ。