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ep5. 『死と処女(おとめ)』 優しい体温

それってそういう事なんだよな。

俺は腹の中に子どもがいる状態の夢野を─────


思い出す前に身体がそれを拒絶する。


胃の奥から何かが湧き上がってくる。


咄嗟に口元を抑えたが間に合わない。


自分の意思とは関係なく、俺の身体から吐瀉物が勢いよく流れ出る。


「大丈夫か!?」


小泉が俺に駆け寄る。


俺の背中をさすりながら心配そうに俺の顔を覗き込む。


部屋中に鼻を突くような不快な匂いが立ち込める。


俺は情けなさと惨めさ、恐怖と自己嫌悪でのたうち回りそうになった。


「しっかりしろ!」


小泉が俺にタオルを差し出し、なおも背中をさすってくる。


なんでこんな時だけ優しいんだよ小泉は。


普段は低体温で不健康なはずの小泉の手のひらが妙に暖かく感じられた。


自分でもよく分からないが俺は─────その体温に少し安心したのかもしれない。


「……着物……汚れちまうぜセンセェ」


俺は必死で声を絞り出した。


畳にはさっき食った餅の断片が胃液と共にぶち撒けられている。


「そんな事はどうだっていい。お前、大丈夫なのか!?」


苦しかったらもう遠慮せずに全部吐けばいい、と小泉が俺の肩を抱きながら言う。


そんな訳には、と言いかけたその瞬間にも再度俺の身体から何かが逆流する。


さっきの酒と餅がキツかったんだろうか?


でも、いつものルーティンじゃねぇか。


俺の脳裏にさっきフラッシュバックした光景が再び浮かび上がった。


小刻みに震える身体を止めることが出来ない。


「どうしたんだ佐藤!?おい?!」


小泉が俺の肩を更に強く抱いた。


涙が勝手に目から流れてくる。


ボタボタと涙と鼻水が畳に落ちていく。


最低だな俺は。


全部垂れ流しじゃねぇか。


不安げに小泉が俺の顔を覗き込む。


涙と鼻水、涎と胃液。それから吐瀉物。


何もかもが俺の身体から勝手に流れて出て行く。


俺は最高に無様な様子を小泉の前で曝け出していた。


「……俺、直前に見たことを思い出したんだ─────」


俺は全ての力を振り絞って声を出した。


「─────夢野の部屋に置いてあった物……」


もう身体は空っぽな筈なのに、胃液が逆流する。


俺は咄嗟に口元を抑え、必死で逆流を堰き止めた。


「え?!何を思い出したんだ?」


小泉が俺の左手を強く握った。


そうだ。俺はあの時、夢野の部屋に置いてあった物を見てたんだ。


バスケットに入った、毛糸の玉と編み棒。 










そこで編まれていたものは、小さな小さな靴下だった。


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