ep5. 『死と処女(おとめ)』 嘘と嘘と嘘
いきなり何を言い出すんだコイツは。
「なんだって?」
俺は思わず聞き返す。
「─────何度も言わせないでくれる?君も彼女に騙されているんだよ」
そうだろう?と岬は憐れむような視線を俺に向けた。
「騙すって……」
俺は言葉を失った。
これから将来を一緒に考えていこうという人間の台詞ではないことは明白だった。
「まさか君、彼女が純粋無垢で天真爛漫な子だって本気で思ってる訳じゃないだろう?」
違うのか?と小さく絞り出すのが精一杯だった。
「生憎と冗談に付き合ってる暇はないんでね。君だって薄々気付いていたんじゃないのかい?」
自分の背中に嫌な汗が流れていくのを感じた。
梅雨の時期のような、陰湿で不快な空気感。
「おいおいおい。見ての通り、俺は頭が悪いからさ。わかるように説明してくれなきゃ困るぜ?」
秀才さん、と俺は皮肉を込めて言った。これが自分に出来る精一杯の抵抗だった。
フン、と岬は小さく鼻を鳴らすようにして俺を見た。
まあ、俺がコイツに対して敵意や悪意は持っていないということは伝わっただろうか。
今日は喧嘩しに来た訳じゃねぇんだ。
「─────もう終わったことだよ。余りしつこくされると、こっちも迷惑なんだけど」
終わったこと?
岬の中ではもう別れたって認識なのか?
夢野はコイツからの連絡をずっと待ってるのに?
だって夢野の腹の中には─────
その瞬間、俺はカッとなってコイツに飛び掛かりたい衝動を押しとどめるのに必死だった。
「君は知らないだろうけどね。最初に嘘を吐いたのは彼女の方だよ?」
俺にはコイツの言っている言葉がさっぱりわからなかった。
この男は何を言っている?
俺がブチ切れそうになっているのを察したんだろう。
岬は同情するかのような視線を俺に向けて来た。
「可哀想に。君は見かけによらずに純粋な所もあるようだね」
こんな所までわざわざやって来て─────それが彼女のいつものやり方なんだよ、と岬は静かに言った。
違う。夢野に言われて来た訳じゃない、と俺は小さく首を振った。
「哀れな弱者、被害者を装って周囲を悪者に仕立て上げる。傷付いたと大袈裟に騒いで自分は不幸だと嘆き続ける」
俺はこの言葉にドキリとした。理由はわからない。
「─────そうやって他者の関心や同情を引くことでしか人間関係を築けないんだ。彼女はそういう生き方しか出来ないからね」
コイツは夢野の何を知ってるって言うんだ?