ep5. 『死と処女(おとめ)』 TALKING ABOUT SEX①
何それ、めっちゃ怖い。
結局のところ─────
どっちに転んでも夢野は痛い思いをしなきゃいけないって事か。
「怖ぇな。女に生まれたらこんなのを体験しなきゃなんねぇのか」
俺は男で良かったのかもしれない。
俺だとこんな怖ぇの耐えられる気がしねぇしな。
「男も女も一緒だ。女だから耐えられるってのは無い。女でも痛いもんは痛いに決まってるだろ」
小泉がややキレ気味で吐き捨てる。
まあ、そうだよな。
小泉も毎月毎月、痛い思いして貧血になってるんだよな。
つくづく女って大変なんだなと思うぜ。
それにしても妊娠って怖すぎだろ。どっちに転んでも大出血じゃねぇか。
「まあ、だからこそ結婚出来る年齢が定められている訳で─────」(※1)
最低限の年齢であっても女子は16歳と決まっているからな。それ以下での出産というのは危険も大きいだろう、と小泉は視線を下に落とす。
なるほどな、と俺は頷いた。
「結婚とか出産とか若ければ若いほどいいんじゃねぇかってイメージだったけどさ。そうじゃねぇんだな」
「一般的には25歳〜34歳が最も適しているとも言われてはいるな。この年代だと1周期当たりの妊娠率が最も高いとも言われている(※2)(※3)」
それに、と小泉は続けた。
「母体が成長していないうちに妊娠してしまうと…… 若年出産、特に15 歳以下では妊娠高血圧症候群のリスクが高いんだ」
「妊娠……なに症候群?え?」
よくわからない単語に俺は思わず聞き返す。
「妊娠高血圧症候群だ。常位胎盤早期剥離……分娩前に胎盤が子宮壁から剥がれて大量出血を起こす事なんだが……その他にも胎児発育不全、胎児機能不全なんかを引き起こすこともある」
小泉はさらに険しい表情を浮かべ、こう付け加えた。
「最悪、胎児が死亡するケースもある」
俺は絶句した。
今さ、『高齢出産』とかよく聞くじゃんか。だから若いうちに産んだ方が体力あっていいんじゃね?って思ってたんだよな。
実際は違うんだな。
高校生くらいならともかく……小中学生だと危険すぎるんだな。
「─────こんな事、全然知らなかった」
俺がそう呟くと小泉はそうだな、と相槌を打った。
「学校では一切こんな事は教えないからな。せめて避妊だけでも教える事が出来たらどんなにいいだろう」
小泉の表情と言葉からは苦悩が見て取れた。
小泉も辛い立場なんだろうな。
「─────しかし、どんな年齢であっても妊娠と出産には危険は伴う。100%の安全で確実な保証のある出産というものはこの世に存在しないんだ」
なるほど、どうやっても命がけではあるんだな。妊娠だの出産だのってのは─────
そこまで考えて、ふと俺はある事に気付いた。
「なあ、センセェ。なんでみんなこんなコトするんだろうな?」
「こんなコトとは?」
小泉が怪訝そうな表情を浮かべ聞き返す。
「セックスだよ。男がヤリたがるのってわかるぜ?俺も男だからさ」
でも、と俺は続けた。
「子供が欲しくない女には全然メリットなくね?っていうか、デメリットだらけだろ?いや、デメリットしか無いじゃねぇか」
メチャクチャ痛い思いして血は出るし、おまけに人生を破壊されるレベルのリスクを背負わされるじゃねぇか、と俺は思ったままに言ってみた。
「なんの為に女ってセックスすんの?」
俺がそう訊くと、小泉は黙ったまま俯いた。
「さあな─────」
小泉に聞いたのは間違いだったろうか。
だって小泉って限界オタクの陰キャチー牛だもんな。
セックスどころか彼氏だって今まで居たこと無いだろうし、下手すると一生をこのままで終える可能性まである。
小泉がそんなこと解る訳ねぇよな、と思った俺はどうにか話題を変えようとした。
「いや、悪ィ。センセェにこんなこと聞いてもわかる筈ねぇよな」
そうだな、と小さく小泉は答えた。
「だけど……その心情はわからんでも無い気もする」
え?
意外な言葉のように俺には思えた。
「どゆこと?セックスしちまう女子の気持ちがわかるってことか?」
(※1)作中は昭和95年、2020年の設定になっている。女子の結婚可能年齢はまだ16歳のままだ。
(※2) 1年間避妊しないで性交渉をした場合の年代別妊娠確率は以下のように報告されている。
20歳~24歳 86%
25歳~29歳 78%
30歳~34歳 63%
35歳~39歳 52%
40歳~44歳 36%
45歳~49歳 5%
50歳以上 0%
(M.Sara Rosenthal.The Fertility Sourcebook.Third Edition より)
(※3) 排卵1周期当たりの妊娠率
25歳 25%~30%
30歳 25%~30%
35歳 18%
40歳 5%
45歳 1%