ep5. 『死と処女(おとめ)』 初見殺し
俺はどうするべきなんだろう。
しかし、と小泉は首を振った。
「現在が妊娠何週目かは判らんが……“プリアリ”の映画公開初日にはウキウキで出掛けていたとの話から推察するに─────」
生理が遅れていると気付いたのは夏休みだと推察できるな、と小泉は考え込む様子を見せた。
「何週目?」
そういう数え方すんのか?
例えばの話だが、と小泉は社務所の壁に掛けてあるカレンダーを見た。
農協でもらったポスター形式の昭和95年のカレンダー。
小泉は7月を指で指し示す。
「仮にだが……夢野の最終月経日が7月25日だったとしよう」
ふむ、と俺は頷いた。
ん?
生理って事か?
「そうすると翌月、8月25日の時点で既に妊娠2ヶ月という事になる」
なるほど、と頷いた俺は違和感に気付く。
ん?
「7月に生理があって、8月に妊娠2ヶ月?」
じゃあ、『妊娠1ヶ月』ってどこに行ったんだ?
え?
「それって間違ってんじゃねぇの?妊娠1ヶ月目じゃねぇのか?」
そうじゃない、と小泉は首を振った。
「よく誤解されてるんだが……最終月経のある週を『妊娠1ヶ月目』『妊娠0週』とカウントするんだ。ちょっとややこしいよな」
小泉はカレンダーを指差しながら呟く。
ん?
「それって……腹の中にまだ赤ん坊も受精卵も居ない状態を『妊娠1ヶ月目の妊娠0週』って言ってるってことか?」
「まあ、そうなるな」
俺は混乱した。
え?まだ出来て無いのにそんな数え方してるの?なにそれ?
[これから出来ます]ってこと?
「説明されても全く意味がわからない」
俺が思ったままに呟くと、小泉も頷いた。
「この辺も義務教育では一切教えないからな。大人であっても、トラブルに発展するケースも多々あるらしい」
「トラブルって?」
俺が聞き返すと小泉は眉間に皺を寄せながら答えた。
「例えば、ある夫婦に子どもが授かったとしよう。奥さんは病院で検査を受け、『子どもが出来たの。妊娠2ヶ月よ』と旦那に報告したとするだろう?」
ふむ、と俺は頷いた。めでたいじゃねぇか。
「そうすると旦那が激昂するんだ。『お前、浮気しただろう!?俺の子じゃないじゃないか!』ってな」
「え?なんでだ?この奥さんは浮気して無いんだろ?」
「それで旦那はこう言うんだ。『2ヶ月前は俺は出張中だった!俺の子のはずがない!』ってな」
小泉の話がなんとなく見えて来た気がした。
「えっと……この場合、仕込みは1ヶ月前で間違いなく旦那の子で……だけど、週数の数え方を知らない旦那は嫁さんの浮気を疑ってるってことか?」
そういうことだ、と小泉は頷いた。
「実際、こういう誤解が原因で破局したり離婚したカップルや夫婦も居ると聞くな」
え?マジで?そんなことってあるのか?
こんなの初見殺しじゃん。
俺は小泉から聞いたからいいけどさ。
学校では教えない、でも誰かが教えてくれる訳でもない。
こんな誤解や勘違いでカップルが離婚したり破局すんのって悲劇すぎるだろ。
「もうさ、『妊娠2ヶ月(仕込み日:先月)』って書いときゃいいのにさ」
これほど重要な事柄なのに学校では一切教えず、下手したら人の人生を大きく変えてしまう。
こんなヤベェ初見殺しってあるか!?
分かりにくすぎる。




