ep0. 「真夏の夜の爪」 ㉝注ぎ込まれる生温い液体
無理するな。
「……え!?苦っが!!何これ、ビールってこんな味なの!?え?!」
静かに飲んだ少年も頷いた。
「まあ確かに苦いよな」
「……え!?マジなのこれ?ホントに?こんなの大人ってゴクゴク一気飲みしてるの!?冗談でしょ!?」
だよな、と少年も同意した。
大人は(或いは大人の一部は)これをありがたがってゴクゴクとハイペースで流し込んでいるし一気に飲んでいることもある。
しかも心底美味しそうに。
「……ガックンたまにお酒飲んでるよね?いつもこんな味なの?信じらんない!」
マコトが心底あり得ないと言った様子で言った。
「いや、俺が普段飲ンでるのってチューハイとかストゼロだしもうちょっと飲みやすいンだが」
少年は言葉を濁す。
実は普段の酒も無理をして飲んでいたのだがそれは言い出し難かった。
少年自身も酒を美味いと思って飲んだ事は一度もなかった。
「……ガックンはこれ余裕で飲めちゃうの?」
マコトはまじまじと少年の顔を見た。
こんな物を飲めてしまう少年が別の種類の人間だとでも言いたげな表情であった。
うーん、と少年は歯切れの悪い様子で答え、いや実は俺もキツイかなって思ってたンだけどよ、と白状した。
「……そうだ、割って飲もう!」
マコトが急に立ち上がり冷蔵庫に向かう。
「……僕、今日は飲み物も買って来てたし!これで割ろう!」
マコトが取り出したものはジンジャーエールだった。
少年が大きめのジョッキを戸棚から取り出して来る。
マコトはジョッキにグラスのビールを注ぎ直し、500㎖ペットボトルのジンジャーエールを二つのジョッキに全て注いで空にした。
よし、と何かを確信したマコトは改めてジョッキで少年と乾杯し直した。
今度こそ、といった様子で2人は勢いよくジョッキを傾けて液体を飲み干そうとする。
声にならない小さな叫び声を押し殺したマコトが口を手で覆う。
マコトと少年はお互いの顔を見合った。
「……いや、やっぱ苦いわ」
堪らずマコトが早々にギブアップした。
ジンジャーエールで割ったビールも思ったほど苦味が中和されておらず、却ってジンジャーエールの味で苦味が増しているかのようにすら思えた。
こうして量だけ増えた挙句に飲みきれない量のビールが入ったジョッキを目の前にして二人は頭を抱えた。
いやこれ飲み切れないだろ、とお互い思っている事はその視線から双方感じられた。
しかし、ビールでも呑もうぜと言って出してきてしまった手前少年は引っ込みが付かなくなっていた。
「そうだな、じゃあ割りもの増やそうぜ?」と少年は少し余裕があるかのように振る舞い、仏壇から何かを手にして戻って来るとウェルチのマスカットのジュース二缶をちゃぶ台に置いた。
爺さんの老人会仲間が供えてくれた贈答用ビールセットにあった物だった。
それぞれのジョッキに一缶ずつ入れれば十分だろう。
しかし、ジョッキに並々とジンジャーエールとビールの混ざった液体が注がれているのでマスカットが入る隙が無い。
二人はジョッキの苦い液体をちびちびと飲み、少し減ったジョッキにマスカットを少しずつ足していった。
それでもなお苦さは拭えなかった。
最早自分達が飲んでいる液体は一体何なのか当人達ですら解らなかった。味もぼやけている上に苦い、おまけに量だけは多かった。
二人はお互いに顔を見合わせて苦笑いしながらちびちびと飲んでいた。
背伸びしようとした結果逆に子どもみたいな馬鹿なことをしているな、とお互いなんとなく口には出さないが思っていた。
ふふ、とマコトは小さく笑った。
「……ねえ、なんか馬鹿みたいだね」
ああ、と少年も頷いた。
「……僕たち馬鹿みたいだ」
でも、とマコトは続けた。
「なんか今すごく楽しい」
マコトは被っているパーカーのフードを少し上にあげると少年の目を真っ直ぐに見た。
ねえガックン、とマコトは意を決したように言葉を発した。
「……あのね、ガックン。しょうもない事なんだけどちょっと聞いてくれる?」
捨てよう。