ep5. 『死と処女(おとめ)』 二人のピーチクリームパイ
てか、本当にちゃんと作れるのか?
それから数日経ち、週末を迎えた俺は夢野の自宅に向かっていた。
岬京矢─────
カースト最上位に君臨するこの男に話を聞かねばならない事は明白だが─────
それより前に、まずは夢野くるみ本人とキチンと話をする必要があった。
水森唯から話を聞けたのは収穫だったが、肝心の夢野本人からの聞き取りは不完全であるように思えた。
何しろ、夢野からは核心に迫る部分を何一つ聞けていないのだ。
俺には隠す必要があった?
学校では話しづらい?
話せば長くなりすぎるから?
いずれにせよ、『夢野の自宅に招かれている』というイベントは千載一遇のチャンスだった。
この日を逃せば、もう腹を割って話す機会は二度と訪れないかもしれない。
ピーチクリームパイ。
そのスラングの意味するところは解ってる。
だけど、俺も夢野もそんな状況には無いんだ。
恐らく夢野にはまだ事情があるはずだ。
俺の知らない事情─────
夢野が俺を自宅に招くという事は、なんらかの意図があるってことだろうからな。
約束の時間の30分前に俺は自宅を出た。
ガチで難易度の高い菓子を作れるかどうかなんて自信はないが─────
一応、エプロンも持参した。
前日の昼休憩、本当に俺が行っていいのか念押しして確認もした。
夢野くるみは俺を待っている。
緊張と不安を抱えつつ、俺は夢野の自宅のインターホンを押す。
返答はない。
俺はもう一度家の表札を確認する。
[YUMENO]と書かれたヨーロピアンデザインの金属製の表札。
築浅で北欧風の外観の戸建ては、田舎のエリアには似つかわしくないオシャレさだった。
夢野の母親は仕事で忙しいとしか聞いていなかったが─────
夢野の家は資産家なのだろうか?
しかし、それにしてはスーパーでの食料品の買い物の仕方がキッチリしてて節約思考すぎやしないか?
俺の脳裏に謎のブランド服の画像がよぎる。
いや、金持ちじゃないならなんであんな服を持ってるんだよ?
だけど。
じゃあ、金があるならどうして水森に約束の金を返してやらないんだ?
それにどれほど水森が傷付いて苦しんでるか、想像出来ない筈もないだろう?
俺が一人で考えていても何もわかんねぇんだ。
考えるのはよそう。
夢野に聞けばいい事だ。
俺は数度、インターホンを押す。
返答はない。
この時間で合っている筈なんだが、と思いながらドアに手を掛ける。
ドアはガチャリと音を立てて開いた。
鍵は掛かってないようだった。
開いてる?
「すいませーん。佐藤なんですけどー」
俺は大声で呼びかけながら玄関に足を踏み入れた。
返答はない。
鍵が開いてるって事は、勝手に入って来いって意味なのか?
キッチンで作業中で手が離せないとか?
揚げ物でもしてる?
玄関に立ち、しばらく応答を待つ。
どこか遠くで水音が聞こえる。
キッチンか?
いや。
俺は首を振った。
違う。これは─────
シャワーの音だ。
夢野くるみは風呂に入っている?
え?どういうこと?
俺の頭はフリーズする。
俺は指定された時間にここに来ただけなんだが?
夢野は俺が来るってわかっててわざとシャワーを浴びてるのか?
それってどういう意味なのかわかってるのか?




