ep5. 『死と処女(おとめ)』 極秘裏の暗躍
こんなの一人で抱えて大変だったろ、水森。
「そっか………そんな経緯があったんなら水森が夢野を嫌いになるってのも解る気がするな」
俺が何気なくそう言うと、水森はそれを否定した。
「……そうじゃないの」
あたし、くうちゃんの事を嫌いになったって訳じゃないの、と水森は強調するように強めに答える。
「嫌いになってない?」
水森の言ってる意味がよくわからなかった。
約束を2ヶ月以上も反故にされた挙句に、当の夢野はキッチリ自分の欲しいものはキープしてSNSで自慢している。
母親を心配させたくないが故に水森は誰にも相談できず、一人黙って昼食を抜き、手持ちが底を突いた後はナプキンを買う事すら出来ずにいた。
さらには夢野が事情を伏せた上で周囲に[自分はひとりぼっちだ]と吹聴したせいで、まるで水森が夢野に対して無視やイジメをしているかのようなニュアンスで一部の人間に伝わってしまっている。
ここまでされて尚、水森は夢野の事を嫌いじゃないって?
驚いた俺は水森の顔を見た。
「嫌いになった訳じゃないの。あたしも悪かったんだし……」
けど、と水森は俯いたまま続ける。
「もう、前みたいには戻れないと思う」
以前の二人には戻れない。
金銭や食券が仮に戻って来たとしても─────
「それって例えばさ……小泉辺りに相談して、双方の担任には内緒にするっていう約束で3年女子から食券を取り戻したり出来ても、って事か?」
俺は提案しようと思っていた案を挙げて水森の反応を伺う。
そうなんだよな。
こういう場面こそ小泉に暗躍してもらうべきだろ?
3年女子だって時期が時期なだけに、担任や学年主任を巻き込んでの騒動なんて御免だろうし─────
『双方の親にも担任にも知らせず、食券を返却してもらった上で極秘裏に手打ちにする』ってのが落とし所だと思ったんだよな。俺的に。
けど、問題はそこじゃないって事か。
「もしも明日、くぅちゃんがお金を持ってきてくれたとしても─────」
多分もう無理って事なのか。
水森にとって問題はそこじゃないって事なんだろうか。
確かに、もし明日3年から食券が返却されたり、夢野が5000円を持って来たとしても……
手持ちの金が無くなることで不安に思いながら過ごした夏休みや、買えるはずだった“王女の証バッグチャーム”を断念したこと、昼食を抜いて過ごした事、いよいよ手持ちが無くなって介護用オムツを履くしかない覚悟を決めたこと─────
そのストレスや不安感、苦痛は[無かったこと]にはならないだろう。
買い逃したバッグチャームは高額なプレミアが付いて今や手が届かない価格帯になってしまってるしな。
或いは夢野が『今は手持ちがないから分割で払うね』とか『お金を払えない間、盗られた食券の代わりにお弁当作ってくるね』『今はお金がないんだけど、来月のお小遣い日まで待ってくれる?』なんかの提案をしてくれてたら。
水森はそこまで思い詰めなかったろうし、二人の距離も離れなかっただろう。
「最初は金の問題だって思ってたけど……水森的にはそうじゃないって言いたいのか?」
女子特有の繊細な気持ちとか俺にはよく分からんし、ましてや第三者の俺に何かが理解できるとは思ってないんだけどさ。
水森が一番大切にしてた事って、もっと別の所にあるって意味なんだろうか。
水森は俺の問いかけには答えなかった。
「……佐藤君て、すごく優しい人だったんだね」
ただそう呟くと、水森はまた黙った。
心の内はわからないが─────
水森は自分の意思で夢野と距離を置いた。
そういう事なんだろう。
だとしたら。
俺はふと夢野の言っていたある事を思い出した。
『授業中に上野綾が水森に丸めた紙─────手紙のような物を投げ、それを見た水森が号泣していた』という出来事。
あれはなんだったんだ?
この件に上野はどう絡んでる?
上野は何か知ってたのか?




