ep5. 『死と処女(おとめ)』 DVと生理用品
人の家の事情って聞いてみないと判らんもんなんだな。
「……だけど、元気だったおばあちゃんが倒れてから状況が変わっちゃったの。寝たきりになってからは認知症の症状まで出てきちゃって」
お母さんが仕事を辞めておばあちゃんの介護をする事になったんだけど、と続ける水森の横顔を俺はじっと見つめていた。
介護か。
うちの爺さん婆さんはポックリ死んじまったけど……こういうのはレアケースらしいな。
年寄りが寝込むと長いって聞くよな。
「元々お父さんは家にお金を入れてなかったらしいんだけど、それまではお母さんの給料やおばあちゃんの貯金で暮らしてたみたいで」
メインの働き手であるお母さんが介護で仕事が出来なくなってから一気に家計が苦しくなったの、と水森は悔しそうに呟く。
「……お父さんが適当に買ってくる業務スーパーの格安の食材とおばあちゃんの年金とかでギリギリ死なずに生きてるだけなの」
なるほどな。
わかるぜ、金がなくて辛い状況だってのは。
俺も同じだからな。
俺たちはまだ中学生だから働くって言っても手段は限られてくる。
俺が特殊なだけで、普通は中学生が働ける職場や環境って滅多にないからな。
「お父さんは最低限の食料を買ってきて現物で置いていくだけで……自分の稼ぎは全部自分のお小遣いに充ててるみたいで」
お母さんの化粧品代や美容院代なんて絶対出してもくれないし、あたしに対するお金も同じで、と水森は自嘲気味に続けた。
なるほど、水森がなんかダサい感じの眼鏡掛けてるのってそう言う理由からなのか。
牛乳瓶の底みたいな分厚い変な眼鏡で、田舎の町役場のオッサンが付けてそうなレトロな眼鏡なんだよ。
妻や子に使う金を惜しむ男か。
「なあ、そういうのって経済DVって言うんじゃ無いのか……?」
俺がそう言うと水森は頷いた。
「そうでしょうね……お母さんはいつもあたしに謝ってるの。『辛い思いさせてゴメンね』って─────」
だけど、と水森は言葉を続ける。
「あたし、貧乏な事よりもお母さんが負い目を感じてる方が辛かった」
母と子。
水森は母親を思い、水森の母親もまた水森のことを思っている。
どうしてこの母娘がこんな辛い思いをしてるんだろう。
「なあ、お前の母ちゃん、離婚とか出来ねぇのか?夜逃げとかさ」
余計なお世話だとは解っているが、口にせずには居られなかった。
「……あたしもそう思うの。でもお母さんはね、『おばあちゃんを見捨てては行けない』って言うのよ」
いっぱいお世話になって愛情をもらったから……って、と水森は首を振った。
なるほど、婆さんを捨てては行けないってことか。
妻子に掛ける金を惜しむような男が認知症の老人の介護を献身的にするとは到底思えなかった。
婆さんを見殺しには出来ないと言う水森母娘の苦悩は痛いほど理解できた。
「……男子にこんな事話すべきじゃ無いって解ってるし、相応しく無い話題だと思う。でも」
そう前置きしてから水森は躊躇いがちにこう切り出した。
「……生理用品もね、買えない時もあるの」
俺は絶句した。
なんと言ったらいいか判らない。
生理ってアレだろ、よく知らんけど毎月血が出るんだろ。
大出血なんだろ?
小泉なんかしょっちゅう貧血になってるもんな。
俺は小泉との会話を思い出していた。
じゃあ買えないって事は垂れ流しじゃねぇか?
どうすんだよ、学校とか来れねぇじゃねぇか。
「大丈夫なのか、水森?それってめっちゃ大変だろ?」
言った瞬間、俺はしまったと思った。
いや、大丈夫なハズねぇだろ。何聞いてんだ俺は。
女子にとってセンシティブ過ぎる話題じゃねぇか。
余計な事を詮索せずに聞き役に徹するべきじゃねぇか。
水森は小さく微笑んだ。
「……心配してくれてるんだ。ありがとう。でもなんとかなってる」
あ、この前もね、と水森は思い出したように話を続ける。
「最後のナプキンも底を突いて、もう学校にも行けないしおばあちゃんの紙オムツを借りるしか無いって思っておばあちゃんの部屋に行ったのよ」
は?
紙オムツで登校!?
水森がか!?
予想していなかった方向に向かっていく話に対し、俺の頭は理解が追いつかずにただ混乱していた。
紙オムツで登校って……そんな、嘘だろ…?




