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ep5. 『死と処女(おとめ)』 心身の破壊

この廃駅ってなにげに結構ヤバいエリアなんだけどな。夜は治安悪いし。

水森はどんな気持ちを抱えてこんな所に一人で居たんだろう。


「……最初に授業でこの題材を読んだ時にはエーミールの方に感情移入してたの。でも、最近になってこの話を改めてもう一回読んでみたいなって思って─────」


もしかして、何かが解るようになるんじゃないかなって思って何度も読み返してたんだけど、と水森は手にした本の表紙を見た。


「でもやっぱり何も変わらなかった。主人公の“ぼく”の気持ちには全然近付けなかった……」


水森は小さくため息をついた。


もしかして水森は夢野の事を理解しようとして、或いは夢野にも何か事情があったと思ってこの本を読み返してたのか?


水森なりにヒントや解決策を模索してたんだろうか。


「まあ、そうだよな。エーミールからしたらサナギから大切に育てた蝶を盗まれた挙句に雑な扱いされて破壊されたんだ」


謝られても蝶は戻ってこねぇし、メンタルと物理ダメージ喰らったのはコイツだろ?何で主人公が被害者ズラしてんのか知らねぇけど腹立つよな、と俺は何気なく相槌を打った。


水森は驚いたように目を見開き、はっと息を飲む。


「……それ、本気で言ってるの?」


「え?」


なんか変なこと言っただろうか?


「授業でやってた時から主人公なんかムカつくって思ってたし……」


主人公はエーミールの事を“模範少年”とか言ってたけどさ、相手が陰キャだろうが陽キャだろうが盗みは盗みじゃね?相手の属性で盗んだ事自体がチャラになったりはしねぇだろ?と俺は授業の記憶を頼りに言ってみた。


まあ、真面目に授業受けてねぇからもしかしたら本来のテーマとか重要なトコとか見落としてるかもだけどさ。


「……佐藤君って人の心に寄り添ってくれる人なのね」


水森がポツリとつぶやいた。


「そんな風にエーミールを庇ってくれてる人は周囲に居なかったし……クラスでも、『主人公は謝ったのに許さないとか心狭過ぎ』『たかが蝶如きでキモ』みたいな子ばっかりだった」


エーミール。


水森は自分とエーミールを重ねていたのか?


「なあ、水森。お前も何かを無くしたんじゃないのか?」


俺がそう訊くと水森はしばらく黙った。


夢野が借り、3年女子に盗られたという食券。


夢野くるみは再三忠告されていたにも関わらず、裏校則にも表校則にも違反しているソックスを履くのを辞めなかった。


奪った奴が一番悪いのは言わずもがなだが、3年に目を付けられたのは夢野くるみの過失だろう。


恐らく、水森本人だけが食券を使うだけなら3年に盗られる可能性は無かっただろうからな。


「そうね。あたし、エーミールの中に自分を見てたのかもね。でも……本当に取り返しが付かないくらい壊れてたのは─────」


蝶の羽根じゃなくて二人の関係性だって事にやっと気付いたの、と水森は声を震わせながら言った。


なんて重い言葉だろう。


夢野はそう意図して無かったにせよ─────


間違った扱いでその羽根を修復できないほどに粉々に砕いてしまったんだな。


粉々になった蝶の羽根は二度と元には戻らない。










その蝶はもう二度と空を飛べないんだ。



教科書トークこんなにするとは思わなかった。

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