ep0. 「真夏の夜の爪」 ③厨二病、拗らせると致命傷
いつも喧嘩腰の話し方の奴っているよな。
ほぼ二週間ぶりの再会である。見慣れた姿を見つけた少年は安堵した。
いつもの重苦しい黒いパーカーのフードの下の白い髪が20メートル先からもよく見えた。
「あれ?おめー何か雰囲気変わった?」
一瞬、マコトの身体がビクンと身構えたかのようにも見えた。
「……別に?」
「そっか気のせいか?それよりオメーどうしたんだよ?なンかあったか?」
マコトは黙ってペットボトルのカルピスを飲む。
「……まあ……ちょっとね」
「親にスマホ没収でもされたンか?部屋に軟禁でもされてたのかよ?」
駐車場の車止めに座ったマコトの側に少年はしゃがんだ。
すぐ側のパーカーから人工的な葡萄の香りが漂う。
いつも嗅いでいるマコトの匂いだった。
「……え?あぁ、うん。まぁそんなトコ?」
マコトは視線と話題を逸らす。
「……Lチキ食べる?」
おぅ、と少年はコンビニ袋の中のチキンを取り出し紙袋を破る。
「で?やっとプリズンブレイク出来たってーの?俺ァ別にいいけどよ、概史にはフォロー入れてやれよ?アイツ拗ねてっぞーガキだからよ」
チキンを齧る少年を横目にマコトは何も言わない。
「………」
「普段クッソ生意気言っててもガキなんだよ概史は。お前に懐いてンの。フルシカトしてやったら可哀想だろうがよ」
マコトは微動だにせず小さく呟く。
「……っざ」
「あ?」
少年がマコトを見る。
「……ウザくない?」
「何がだよ」
「……女子かっつーの。そういうのマジウザいんですけど」
マコトは飲み干したカルピスウォーターのペットボトルを握りつぶす。
「は?」
少年は困惑した。
「え?何が?」
「……うっざ。だからガキは嫌なんだよね」
マコトはパーカーのフードを更に深く被った。
「……ねばいいのに……」
ボソリと小さく呟く。
「え?なんかさっきからお前何言ってっかわかンねぇよ」
チキンを頬張った少年は立ち上がった。
「イライラしてンのか?溜まってんじゃねーの。オ◯ホを地蔵に供えてっからそうなンだよ。テメーが一番必要なんじゃねーか」
自分の事を棚に上げて少年は毒づく。
「……そうかもね」
「違ぇねぇ」
少年は振り返りマコトを見る。
「あー。セックスしてぇなぁ?まーオメーもイライラしてんだろ。そういう時ってあるよなぁ?俺しょっちゅうだぜ」
一瞬、返答に窮したマコトは溜息を吐いてから呟く。
「……だね。ゴメン。なんか言い過ぎた」
マコトも立ち上がって伸びをする。一呼吸置いて少し笑う。
「……ねぇ、お祝いしてくれない?僕のプリズンブレイクのさ」
いつものマコトの表情だった。
「え?あぁ」
「……僕の方は一区切り付いたからさ、多分だけど」
「親の方はもういいンか?で、何すりゃいいんだよ?」
もらうぜ、と言いながら少年はアスファルトに置かれたコンビニ袋からペットボトルを取り出す。
「……んー。明日さ、みんなで集まらない?いつもの場所でさ」
「もう部屋に概史が居っから今からでもいいけど?」
「食べ物いっぱい持ってくからさ。ちょっと準備あるし。明日でも大丈夫?」
「あー。別にいいけどよ。今日は来ねぇの?」
「……ちょっと親が厳しくてさ。今日はもう時間なくて」
マコトが視線を地面に落とす。
「まあ何でもいいんだけどよ、とりま概史に連絡返してやれよ?」
「……あぁ。そうだね。ゴメン」
あ、僕もう行くから、とマコトは足早にコンビニを後にした。
マコトが居なくなった後、少年はふと地面に置かれたレジ袋に目を落とした。まだ中身が残っているようだった。
「アイツ忘れてったンか?」
少年はレジ袋の中を見る。すっかり溶けきった3本のガリガリ君とファンタオレンジが無造作に突っ込まれていた。
コーラ、ソーダ、梨の三つの種類。少年はレジ袋をそっと地面に置く。
「アイツ何がしたかったんだよ」
少年は駐車場の入り口に立ち彼方の道路を歩くマコトの背中を探した。
その姿はもう何処にも見付けられなかった。
成人しても完治してないと更に人生ハードモードになる。