ep0. 「真夏の夜の爪」 ㉖処女と破瓜のロジック
どうぞご自由に。
秘密基地近くの河川敷。
撫子は黙ってシャボン玉を飛ばす。
少し離れた場所でゲラゲラと笑いながらピストル型の電動シャボン玉機ではしゃいでいるのは概史と少年だった。
あれから一週間程経ったが全てはいつも通りに思えた。
あの翌日からマコトの左目から頬にかけて痣が出現したが眼帯と包帯を巻いていても“いつもの厨二病ファッション“として周囲には特に触れられなかったのは幸いだった。
少年はこの出来事を概史には話さなかった。
三人は以前のように振る舞っているかのように思えた。
後からやってきたマコトは黙って撫子の隣に座った。
ペットボトルが4本入ったコンビニ袋からブラックサンダーを一つ取り出すと食べる?と撫子に手渡した。
撫子は黙ってコクンと頷きブラックサンダーを食べ始めた。
真夏日の午後ではあったが冷えたペットボトルの間に滑り込んでいたブラックサンダーは溶けずにその輪郭を保っていた。
撫子が一つ食べ終わるとマコトはまた黙ってもう一つ取り出し撫子に渡す。
撫子はまた無言で受け取ると何も言葉を発さず食べ始める。
この流れをあと二回ほど繰り返し、結局撫子はブラックサンダーを四つ完食した。
マコトは食べ終わった撫子に無言でチェリオを渡す。撫子は黙ってそれを受け取り、無言のまま飲み始めた。
二、三口飲んだ所でキャップを閉め、マコトの顔をじっと見た。
……あの、とマコトが口を開いた。この間はゴメンね、と俯いて一人呟いた。
「……このあいだって、なんのこと」
静かに撫子も言葉を返した。
…… いや、変なこと意地悪く聞いたりして、とマコトは言葉を濁した。
「……変なことって?」
マコトは俯いて視線を地面に落とす。
「……そう」
撫子はマコトに合わせて暫く黙っていた。
撫子の体内にチョコレートのエネルギーが循環して行っているのだろうか
。今度は撫子が先に口を開いた。
「……私に何か聞きたいことがあるんでしょう、先輩」
マコトは視線を泳がせる。
図星を突いた手応えを感じた撫子はそれを意識しないようにマコトに発言を促す。
……無理にとは言わないけど、と撫子は手に持ったシャボン玉液のプラスチックのボトルの蓋を開ける。
思考を全て見透かされているような居心地の悪さを感じたマコトは言葉を飲み込む。
撫子はプラスチックのストローをシャボン液に浸けて吹き始める。
シャボン玉がふわりと目の前に出現しそのまま上昇する。
マコトは撫子によって生み出されたシャボン玉の大群をぼんやりと眺めた。
真夏の午後の空に大量のシャボン玉が一瞬舞っては消えていく。
マコトはふと独り言のように呟いた。
「……今のキミは大人なの?」
撫子は唇からストローを離すとわからない、とだけ小さく答えた。
「……セックスする事でどんな変化があったの?」
会話のキャッチボール、心の車間距離を無視して不意にマコトがいきなり踏み込んだ。
別に、と撫子ははぐらかすでもなく答える。
「……それ自体に意味はないと思うから」
意味はない。
撫子のその言葉は嘘でもなかった。
事実彼女はそう感じていた。
「じゃあその意味のない事をどうして?どうしてそんなこと出来るの?」
大袈裟に考えることじゃない、と撫子は事も無げに言った。
それから少し考えてからマコトに問いかけた。
ブラックサンダーは冷凍庫に入れろ。




