ep0. 「真夏の夜の爪」 ㉒嘘と意地悪
自分の痛みにだけ敏感なんだ。そうだろ?
ぴたりと風が止んだ。
「その学校のツレってヤツに冷たくされたとか傷ついたみてぇなこと言ってっけどよ」
不意打ちのようなの少年の言葉にマコトは身体を強張らせる。
「……同じって、何が…?」
少年は隣のマコトを見つめる。
「お前さ、この前わざと概史の事シカトしてたンじゃね?」
「……何のこと?」
よくわからないな、といった態とらしい様子でマコトは聞き返す。
「前に会った時にお前ら妙な話してたろ、トンカツがどうとか、キャッチボールとかよ」
正式には概史からマコトへの言葉ではあったが。
「そンで俺よ、意味わかんねぇから聞いたんだよ概史に。そしたら食いもんじゃねェって話じゃねーか」
今度はマコトが沈黙した。
「何だ?PU?ナントカっていうゲームで勝った時のスラング的なもんなンだってな?じゃあなんでお前の今のゲーム内のランクやらステータスやら概史が知ってるかって話だろ?」
概史とマコトは普段はLINEで連絡を取り合っていた。兄の方針で概史はキッズ携帯しか持たせては貰えなかったが、佑ニーサンから貰ったお古のiPod touchに内緒でLINEアプリを入れていた。
Wi-Fi環境のある場所でだけ概史は密かにLINEを使うことが出来た。
少年が一呼吸置く。
「お前さ、俺らと連絡取らねェ間もSNSは更新してたンだろ?俺はネット環境無ェけどよ、概史の奴は自宅にPCあっから普通にお前の別アカウント見てたらしいじゃねぇか」
けどよ、と少年は続ける。
「……その事は聞かれるまで黙ってやがったンだ、概史の奴」
親にネット環境もスマホも没収されて缶詰めだった、というのは嘘だと知った上で概史は何も少年にもマコトにも言わなかった。
言えばその悪意や嘘を認めたことになる。
概史が何も言わなければ、気付かなければその悪意も嘘も存在しなかった事に出来たのだ。
結果、概史は後者を選んだ。
「それってさ、お前の事本気で心配してたからなンじゃねぇの?」
いつでもマコトがいつもの秘密基地に戻れるように。余計な波風を立てずにそっと待っている事を概史は選択したのだ。
少年はマコトの眼を見る。
「……は?うっざ」
マコトは短く吐き捨てる。
「……だから餓鬼は嫌いなんだよ!」
「その餓鬼に意地悪してンのはどっちだよ?」
マコトは少年から目を逸らす。
「お前の方が子供なんじゃねーの?」
しゃがみ込んでいたマコトは立ち上がった。
「……あああああ!!!五月蝿い!五月蝿い!」
パーカーから少し出た白い髪を掻き毟る。
「……生意気なんだよあの糞餓鬼!」
少年は黙ってマコトを見据える。
うざいうざいうざい、とマコトが喚き立てる。
「……前から気に入らなかったんだよ!彼女がいるとか生意気言ってどうせ僕らの事見下してるんだろ!?」
同意を求めるようにマコトは少年を見る。
「俺らを見下してたンはお前の方なンじゃねぇの?」
少年は静かに立ち上がる。無言の凄味のような圧力。
「……何が?」
マコトが一瞬身構える。
「お前よ、この前のケーキの奴、ワザとだろ?わかンだよ。お前あの時俺にエナドリ買って来たもんな」
少年は一歩マコトに歩み寄る。
「……ワザとって何の事?」
マコトの声が少し上擦っている。
「お前はいっつも俺がエナドリ飲むのいい顔しねぇンだよ。カフェイン中毒になるとか言ってよ。それなのに自分から買ってくるってなンか変だと思ったぜ?」
マコトは自分の背中に嫌な汗が流れていくのを感じた。
「概史の家にあったンだよ。“ケーキの切れない?非行少年?”とかいう本がよ。おおかた兄貴が育児書感覚で買ったンだろうが…」
概史の兄フーミンは若いながらも必死で概史を育てようと彼なりにいつも苦心していた。
育児書や躾、学習・教育に関する書籍も何冊か自宅に散見された。
夏の夜の空気は途端に気持ち悪い温度になりマコトの身体に絡みつく。
「お前さ、俺らがケーキ三等分に切れねぇって思ってワザと試したんだろ?」
エナドリって辞められんよな。




