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ep0. 「真夏の夜の爪」 ⑳劣等感と人魚姫

女には全く縁がねぇんだよ、言わせんな。

唐突な質問だった。


「え?いやいねぇけど?」


意外な質問に少年はやや驚きつつ答える。


「てゆうかよ、こっちが紹介して貰いたいぐらいなんだが?」


「……いや、紹介はできないんだけどさ」


マコトはまた俯き地面を見つめる。


「え?じゃあなンだよ?」


意を決したようにマコトは少年を見た。


「……好きな人が出来た」


「え?おいおいおい嘘だろ!?」


少年は飲みかけのコーラを逆流させる。


「は?え?どゆこと?概史に続いてお前まで!?え?彼女出来たって言うのか!?」


……そういうんじゃないけど、と小さな声でマコトが呟く。


「え?もしかしてお前まで童貞捨てたとか言わねぇよな!?」


少年が頭を抱えて叫ぶ。


……まさか、と否定したマコトに少年は安堵した。


付き合ってんのか?という問いにマコトは首を振った。


「……残念ながら」


何故か安堵してしまった自分自身に驚きながらも少年はマコトを見る。


「……ただ、好きなだけだよ……」


少年は言葉を探した。しかし宙を彷徨う視線はどんな台詞も捕まえることが出来ない。


「……後で知ったんだ。もう僕の友達と付き合ってたんだ」


……知らないのは僕だけだったんだ、とマコトは泣くのを堪えるように絞り出した。


何これ、どうしたらいいんだ、と少年は思った。こんな時になんと声を掛けて慰めるべきだろうか、と。


「……ちょっと前の事なんだけど。僕、炎天下で熱中症っぽくなっちゃったらしくてさ、道端で動けなくなってたんだよ」


身体が熱くて苦しくて息は出来ないし気持ちも悪い。起き上がれないし動けない。最悪だったよ、と 

マコトは目を伏せる。


「……そんな時に助けてくれたのがあの人だったんだ。僕を涼しい木陰に連れてってくれて冷たい濡れタオルで手当てしてくれた……」


「『……大丈夫?』って言ってポカリとミネラルウォーターも置いてってくれて…僕、お礼も言えないままだった……」


「へえ、優しい子なンだな……」


少年はそう言うので精一杯だった。どうフォローすればいいのか。


「……綺麗な黒髪が流れるみたいにサラサラで…肌の色は透き通るみたいに真っ白で…黒くて長い睫毛がまるで人形みたいで……瞳は宝石みたいで吸い込まれそうだった……端正な顔立ちが異次元で、なんかもう僕の手の届かない世界の人なんだなって思った……」


地面に体育座りしていたマコトは腕に顔を埋めた。


「……それなのに……それなのに、僕の友達は随分前からその人と付き合ってて……周囲にも公認で……知らなかったのは僕だけだったんだよ……笑えるよね……」


少しの沈黙が流れた後、少年はようやく言葉を捻り出した。


「……なんつぅかよ、ドラマや漫画だとよくあるパターンだけど現実でもこういうことあンだな」


マコトは黙って顔を埋めたままでいる。


「……僕の友達…“向こう”はカースト上位で……何でも持ってるんだ。僕のことなんて“大勢の中の一人”でしかないんだよ……いつも何かをするのは僕ばっかりだ……僕ばっかり一人で何かしてるだけ……」


「何がだよ?一人って?」


「……向こうは僕に要求するだけ要求してくる。僕にはそれを返してはくれない。いつも自分の話ばっかりだ。僕の話なんか誰も聞いちゃくれないんだよ」


「聞いてほしいことあンだったらそう言やあいいじゃねぇか?」


少年が尤もな事を言う。






正論は時に人を傷付ける事を彼はまだ知らなかった。

カーストってそんなに気になるか?

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