ep5. 『死と処女(おとめ)』 セイシの懇願
病院って独特の空間だよな。
小泉は403号室の前にある椅子に座っていた。
「センセェ?」
俺はそっと小泉に声を掛けた。
この扉の向こうには恐らく危篤状態と思われる夢野とその母親が居るんだろう。
「……」
小泉は何も言わず俯いている。
俺は小泉の顔を見た。
道中の車の中で見たより更に青くなっていた。
「なあ…?」
俺はもう一度静かに声を掛けた。
「……ああ、佐藤か」
小泉はそう言うとまた俯いた。
俺の声は耳に入っていないかのようだった。
「今の状況ってどうなってる?」
もう一度確認する様に俺は尋ねた。
現時点では全く安心出来ない状態だという事しか判っていなかった。
小泉は静かに首を振った。
「水森に聞いた通りだ……」
今夜が峠だろうって、と小泉は震える声で答えた。
「もし助かったとしても……意識が戻る保証は無いらしい……」
生きても地獄、死んでも地獄。
そんな言葉が脳裏をよぎった。
夢野はもう二度と学校へは来れないかもしれない。
今日一日、普通に過ごしていた同じクラスの女子。
それが突然、目の前から消える。
特別親しかった訳でもないし好きだったという訳でもない。
それでも俺はやはりショックを受けていた。
日常生活に突然提示された『死』という現象、その事実。
小泉の膝が震えているのが伝わって来た。
「どうして気付けなかったんだろう……」
小泉の体温がどんどんと下がっていくのが伝わって来るようだった。
小泉はこの春に短大を卒業したばっかりのペーペーで、なんなら俺ら生徒と大して変わらないようなガキっぽいとこもある。
気付けなかったとして、誰が小泉を責める資格がある?
センセェが全部背負う必要無ぇんじゃねえの、という言葉が喉まで出かかる。
いや、確かにそうなんだ。
小泉に責任があるとすれば、俺らクラスの全員だって同じだろう。
クラス内の問題に何も気付いてなかったんだからな。
或いは、見て見ぬふりしてた奴もいるかも知れない。
小泉が震える手で俺の学ランの裾を掴んでいるのに気付く。
小泉は二、三度、迷うような素振りを見せた後、唇を噛みながら言葉を絞り出した。
「……なあ、佐藤」
頼みたい事があるんだ、と小泉は震える声で呟いた。
俺と視線を合わせないよう、床を見つめる小泉の態度は何を言わんとするのか明白な状況だった。
奇遇だな小泉。俺も同じ事を考えていたんだ。
こういう使い方はすべきじゃないって解ってる。でも、と小泉は前置きしてから静かに言った。
「今回だけ…時間を戻してはくれないか?……佐藤」
やっぱ、考えることは二人とも同じなんだな。




