ep0. 「真夏の夜の爪」 ⑱抉られた自尊心と自己嫌悪
BAD HOPのRusty Knifeも好きでよく聴いてる。
マコトが不機嫌になると途端に語彙が貧困になることは概史はよく知っていた。
「……だな、じゃあテメーはどういうアーティストならいいっつうんだよ?!」
少年が掴んだマコトのパーカーを離す。
「……え?」
マコトは一瞬言葉に窮する。
「……特定のアーティストって言われても……」
マコトの勢いが途端に落ちていくのが解った。
「普通だよ、特に誰が好きって訳でも……」
暫く言葉に詰まったマコトは思い出したように自信なさげに小さく呟く。
「…… 米津玄師とか……あとボカロとか……ちょっとキングヌーとか…?」
『あー』
概史と少年は声を揃える。一瞬にして二人のボルテージが下がっていくかのような空気をマコトは感じた。
「……ちょっと、どういう意味?」
マコトが不満げに二人を見る。蚊帳の外の疎外感も感じる。
「あー。うん。だよな。そうだよな、ボカロ……」
あ、うん、と言って納得した少年は椅子に座る。
「あ、でもおれ好きっスよ、米津玄師の“ LOSER”、掃除の時間とかにマネしてよく踊ってるんで」
「いや掃除しろや」
「……聴くんじゃなくて踊るんだ」
3人の間の空気と体温が途端に急降下していくのが手に取る様に解った。
気まずい沈黙が流れる。
「……は?マジでイミフなんだけど?何これ?」
苛ついたマコトがまたテーブルの脚を蹴る。
「……うっざ。二人して馬鹿にしてんの?」
居心地の悪さが極限に達したマコトは短く吐き捨てた。
「……気分悪いから帰るわ」
席を立とうとするマコトに概史が話かける。
「あ、そういえばマコト先輩」
苛立ったマコトが概史を一瞥する。
「シーズンランク、ダイヤモンドⅡなんっスね。今度おれにもドン勝ご馳走して下さいよ」
「……!」
マコトの身体が一瞬ピクリとする。
「……?なんだよ、豚カツって?」
少年が不審げに二人を見る。
「いえいえ、投げられたボールを投げ返しただけなんで」
概史が意味ありげに答える。
なんだよオメーらだけでキャッチボールとか仲良いんじゃんかよ、と少年は一人呟く。
二つ歳下の概史が先に彼女を作り童貞を卒業し婚約しペアリングまで購入している。
それは普段先輩風を吹かせていた少年とマコトにとって自尊心を大きく抉られるかのようなショッキングな事実だった。
しかしこの決意と決断を下し実行した概史の行動は尊敬の念すら抱かせるものでもあった。
確かな信念や矜持のようなものが確実にそこにあるのが少年には理解できた。
柔道の試合開始直後に気づけば床に叩きつけられていたような衝撃。
決められた鮮やかな一本。
悔しさと尊敬が入り混じったような不思議な感情に支配され、話を逸らそうとわざとらしく大騒ぎした事が見透かされているようでもあり少年は少しの気恥ずかしさと自己嫌悪に陥った。
その日の三人は音楽性の違いによって解散する事になった。
これ最後の一行言いたかっただけだろ。




