ep4. 「暴かれた世界」 セッ◯スしたら出られる部屋 その⑥
コイツも折れねぇな。
「何があっても絶対に」
それだけは嫌だ、と全く揺らがない意思の小泉は眉間に皺を寄せて俺を睨む。
限界を突破して何もかもが溢れそうになった俺は小泉の身体を引っ張り、床に押し倒した。
流れてきた水は既に座敷牢の中、くるぶしほどの高さの水位になっていた。
パシャリ、という水音と共に俺と小泉は浅い水面に倒れ込む。
水音だけが空間に響く。
小泉の両脚の間に俺の膝を割って入れる。
所謂『床ドン』『股ドン』の体勢になる。
小泉の髪を束ねていたゴムが切れ、長い黒髪が水面に揺らめいていた。
白い着物は水に濡れて少し肌が透けて見える。
濡れた布地が身体に張り付き、スポーツブラの輪郭が僅かに浮き出ていた。
水の中に浮かび揺らめく白い着物の女。
信じたくはなかった光景がフラッシュバックする。
俺は首を振った。
絶対に俺は母親を助けなきゃいけねぇんだ。
ここで死ぬなんて、終わるなんてあり得ねぇんだよ。
流れてくる水音が周囲にこだまする。
水位はゆっくりと、しかし着実に上がっていく。
迷ったり躊躇している時間は残ってはいなかった。
どんな手段を使っても生き残らないと何の意味もない。
母親が俺にしてくれたことが無駄になってしまう。
すぐに済むはずだ。
難しいことじゃないだろ?
大丈夫、上手くいく。
これまでだってちゃんとヤれたんだ。
今回だけ失敗するなんてあり得ない。
一瞬で完了して、過去に戻るはずなんだ。
俺は小泉の身体の上に覆い被さり、最後の言葉を探す。
こんな時になんて言えばいいのだろう。
小泉は黙ったまま何も言わない。
「俺はアンタに対してそういう感情も何もねぇ。そういう対象として見たこともねぇよ」
だからわかってくれよ、俺はまだここで死ぬ訳にはいかねぇんだよ、と俺は赤い袴の腰紐に手を掛けた。
水に濡れた腰紐は固くなっていて簡単には解けない。
俺の手の上に冷たいものが触れる。
小泉が俺の手に掌を重ねていた。
佐藤、と小泉が俺の名前を呼ぶ。
俺は小泉の顔を見た。
「お前がそうであるように、こっちも絶対に譲れないんだ」
何度も言うが、例え死んだとしてもお断りだ、と小泉は俺の目を見てキッパリと言い切る。
「……なんでだよ?!このまま死ぬことに何の意味があるんだよ!?」
そこまでして俺を拒むのか?
「身体が生き残ったとしても意味がない。魂が死ぬんだ」
そんなの絶対に間違ってる、と小泉は俺の目を見た。
水面にその身体を浸けたまま、小泉は一切の迷いが無いといった様子で真っ直ぐに言い放った。
魂が死ぬ?
何を言ってるんだ小泉は?
先に死ぬのは身体の方だろうが。
小泉の身体の体温がどんどん下がっているのが実感できた。
このままだと数分後には二人とも死ぬ羽目になるのは確実だった。
『死』が確実に俺ら二人を飲み込もうとしている状況なのに。
もう何を言っても、どんな言葉も小泉には届かない気すらした。
俺は泣きそうになった。
コイツは気でも触れたのか?
命より大切なものなんかあるのか?
信念?矜持?
そんなもんあったって死んだら何の意味もねぇんだよ。
そういうの信じるのは勝手だけどよ、せいぜい10代までだろうが。
俺を巻き込んで勝手な言い分で死ぬ気なのか?
一人で死ぬのとは訳が違うんだよ。
そうまでして何を守りたいんだよ?
俺の動揺を悟ったように、小泉の手が俺の頬に触れる。
すっかり冷え切った手だった。
小泉はその冷たい手で俺の左頬を撫でた。
「センセェ…?」
それは優しい撫で方に思えた。
戸惑う俺の右頬にも冷たい手が触れる。
小泉は両手で俺の頬に触れ、そのままの体勢で俺を引き寄せた。
え?




