ep4. 「暴かれた世界」 夏の終わり、オフェーリア
誰でもいい。嘘だって言ってくれ。
俺の頭の中は真っ白になった。
何?何も聞こえない。
耳鳴りがする。
どういうことだよ?
言葉が頭に入ってこない。理解もできない。
俺のために…?
かろうじて頭を上げ、狐面の人物を見る。
立っているのがやっとだった。
息が苦しい。呼吸ができない。
「……つまり、ここにいるコイツの延命の為に彼女は自ら人柱だか即身仏に志願したと?」
小泉の声が響く。
「聡明だね。理解が早くて助かるよ」
……こちらは口下手でね、と狐面は少し笑うような素振りを見せる。
意味がわからない。
俺は赤ん坊の時に死ぬはずだった?
それを母親が庇った?
いや、違う、そんなもんじゃない。
「……本来なら使い捨ての依代を延命させるんだ、その対価が必要だろう?」
機械の音声が俺の頭と地底湖内に響く。
「アンタが……やったのか?」
俺は振り絞るように声を上げた。
耳鳴りがして自分自身の声もよく聞こえない。
ちゃんと喋れたのかどうかもわからない。
まさか、と狐面は肩をすくめてみせる。
「……少し事情は複雑でね。自分以外の人物と勢力が彼女に儀式的なエンバーミングを施してる」
なるほどな、と小泉が頷く。
なんだよそれ。俺には何のことかさっぱりわからない。
何だよそれ、と小さく声を絞り出す俺に小泉が小声で囁く。
「エンバーミングっていうのは……ご遺体を長期保存、或いは永久的に保存可能にさせる技術の事だ」
ご遺体。
聞きたくなかった単語だった。
「何言ってんだよ!早く母ちゃんを助けないと……」
目の前が真っ暗で何も見えない。
真っ直ぐにも歩けない。
しかし俺は母親の元に向かって進む。
早く水から引き上げないと身体が冷えきってしまう。
耳鳴りが酷くなり、立っていることもままならない。
「ああそうだ、キミの誕生日っていつだったかな?依代君」
狐面はふと思い出したように俺に問いかける。
「6月…9日だけど?」
それがどうしたんだよ、と言いたいが言葉が出てこない。
息が苦しい。
「ああそうだったね。その日からだよ。キミの御母堂がこの地底湖で眠りについたのは」
何かが壊れる音がした。
三ヶ月以上前だった。
俺の母親は6月からこの暗くて寒い地底湖にその身を沈めていたというのか?
俺の誕生日に?
どうして?
喉の奥が熱くなる。
声は出ない。
頭が割れるように痛い。
呼吸ができない。
「コイツの元服と何か関係があるのか?その儀式とやらは?」
小泉が狐面を睨みながら問いかける。
自分は門外漢なんでね、と狐面はその問いをひらりとかわす。
「まあ恐らくはそんな所なんだろう」
俺の頭はぐるぐると回る。思考がまとまらない。意味もわからない。
俺が大人になったから?呪いが発動するから?どうしてだよ?
「キミは”大人の男“になろうとした瞬間に死ぬ。だから死を回避するには時間を戻す必要があったんだろうね」
は?
死を回避する為?
なんなんだ、さっきからコイツと小泉の言ってる事が1ミリも理解できない。
「童貞を捨てると時間が戻る、というのは呪いじゃなくてコイツの死を回避する為だったっていうのか?」
小泉がさらに意味のわからない事を言う。
狐面が少し笑ったような気がした。
「昭和九十五年。この世界そのものを御母堂の生命で構築したんだよ。キミを守るためだけにね。依代君」
俺の為に死んだっていうのか?




