ep4. 「暴かれた世界」 暴かれた世界
その光景は別世界みたいだった。
人…人間が浮かんでる?
俺はライターを掲げ、もう一度地底湖を凝視する。
水面に散らばる色とりどりの花びらがゆらゆらと揺らめいている。
水が流れてくる僅かな音だけが洞窟内に響く。
無数の花と共に湖に浮かんでいたのは白装束を着た女だった。
目を閉じ、眠るように水面に浮かんでいる。
その青白い顔を見た瞬間、俺の中の何かが弾け飛んだ音が聞こえた気がした。
ずっと探し続けていた存在。
手に持っていたライターが地面に落ちる。
そこに居たのは俺の母親だった。
「母ちゃん!!!」
俺の声が洞窟内に響く。
母親に駆け寄ろうとした俺の手を小泉がもの凄い力で引っ張って止める。
「何すんだよ!?離せよ!??」
母ちゃんが、と言いかけた俺を小泉が必死の形相で止める。
「やめろ、近付くな!」
小泉が首を振る。
薄暗い中でもう一体の人影が見える。
何者かが地底湖の対岸に立っている。
誰だ……?
いつからここに居たんだ…?
呆然とする俺たちを尻目に人影はゆっくりとこちら側に歩いて来る。
地面に落ちたままのライターの光が照らす範囲内。
人影は光の外側に立っているが、うっすらとその姿が確認できた。
狐の面を付けた、黒い着物を着た人間。
性別はよくわからない。
小泉が斧を握る手に力を込めたのが気配で分かった。
俺たちが口を開く前に狐面の人間が言葉を発する。
「………やっとお出ましかね?依代君」
依代?俺のことを言ってるのか?
誰だよお前、と言いかけたが言葉が出ない。
自分の膝が震えているのが分かった。
なんだよあれは。
水に浮かんでるの。嘘だろ?
よく出来た蝋人形とかだろ?
ドッキリなんだろ?なあ?
そうだろ?そうなんだろ?
震える俺を尻目に小泉は一歩前に出る。
「……御丁寧にどうも。アンタは何者なんだ?」
小泉が冷静に口を開く。
狐面の人物はこちらを窺うようにゆらり、とその身体を動かした。
「……威勢のいい斎子だ」
狐面の声は奇妙な機械音のようだった。
無機質な音声が洞窟内にこだまする。
なんだアレは。
ボイスチェンジャー的な機能でも付いてる面なのか?
パーティグッズ感覚かよ。パーティなのか?
そうなんだろ?全部ヴィレバンか東急ハンズで買ってきたんだろ?
ふざけ半分で動画撮ってるだけなんだろ?そうだろ?なあ?
俺の身体も口も硬直して動かない。
「キミの母親はその生命を賭してキミの全てを守ったというのに」
親不孝なことだ、と俺を嘲笑うかのように狐面は饒舌に喋る。
「どういう意味だよ!?」
もう意味がわからなくて頭がどうにかなりそうだった。
俺は夢を見ているのか?
そうだね、と狐面は頷く。
「どこから話したものか、こちらとしても困惑していてね」
意味がわからない。なんでお前が困惑してんだよ。困ってんのはこっちなんだよ。
そうだな……と、狐面は少し考える素振りをする。
「『即身仏』っていう言葉は聞いたことあるかな?依代君」
は?なんだよそれ?
「坊さんがミイラとかになるやつだろ?」
なんでそれが俺に関係……と言いかけた所で一つの恐ろしい可能性に行き当たる。
俺の身体が氷のように冷たくなって行くのを感じた。
地底湖に流れ込む湧き水の音だけが洞窟内に響く。
絶対に人が足を踏み入れる事のない、隠された場所。
この絶望的な暗がりの中で母親はずっと過ごしていたというのか?
「そう。正確には『即身仏』ではなくて……水中の人柱であることから……」
狐面の男はオーバーに地底湖に浮かんでいる母親を眺める仕草をしてみせる。
「我々はこれを ”水柱花“ と呼んでいる」
即身仏。水中の人柱。浮かぶ花。
「は……?水柱花……?」
依代君、と狐面は俺の顔を見据えて言った。
「すぐ殺される運命だった胎児を救う為に、キミの母親はその生命の全てを捧げたんだ」
俺は夢を見てるんだろう?きっとそうだ。




