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ep0. 「真夏の夜の爪」 ⑫少年少女はその世界を壊す

危険牌。

「流川君。私を大人にしてほしい」





ある日の午後3時前。


概史の自宅で撫子がパシンと小気味良い音を立ててテーブルに叩きつけたもの。


勢いだけでどさくさで危険牌を押し通そうとするかのような指の動き。


その眼差しは真剣そのものだった。


おいおい、何言ってるんだ、とテーブルに置かれた物を見た概史は狼狽した。


兄フーミンがあちこちのホテルから持ち帰ってきたアメニティ。


歯ブラシや剃刀、小さな石鹸。ヘアゴムにブラシと櫛、ターバンに小さな容器のマウスウォッシュ。シートマスク。


洗面台の一番上の引き出しに乱雑に突っ込まれていた中にそれはあった。


それはお前の使う物じゃない、とテーブル上の薄い個包装のパッケージを取り上げる。


ラブホのコンドーム。


撫子は黙って概史を見つめる。


一点の曇りもない真っ直ぐな眼だった。


概史は一瞬たじろいだ。


一回でも全くそういった事が脳裏を過らなかったかと言えば嘘になる。


しかし概史は首を横に振った。


そういうのはおれじゃなくて彼氏とやれよ、今のお前ならまあ普通に彼氏くらいできるだろ、そう焦るような事じゃない、落ち着けと概史は撫子から取り上げた物をズボンのポケットに入れる。


そもそもお前、どういう事するかわかってんのか何の得があるんだよ、学校ではみんな誤解してるからそう思わせときゃいいだろうが、と自ら平常心を保つように呟く。


強くなりたい、と撫子は真っ直ぐな視線を概史に向けた。


おいおい、なろう小説じゃあるまいしセックスしたくらいでチートスキルが身につくワケないだろ、夢見すぎじゃね?その理屈ならK1選手とか全員性豪の絶倫じゃねぇかと概史はその勢いに押されそうになるのを踏み止まる。


強くなりたい、と撫子は呟いた。


いやいや、セックスしても強くもならねぇし大人にもならんだろ、と概史は押し返す。


そんなんで強くなれるんだったらおれは天下一武道会に出れるし優勝してやんよと動揺を悟られないように軽口を叩く。


大人になって強くなりたい、と撫子は概史の目を見た。


このままだと私も兄弟も叔母さんに食い物にされて人生を全部ダメにしかねない。


おじいちゃんが生きているうちはいいけど死んじゃったらおしまい。


だから叔母さんに勝たなきゃいけない。


私にはまだ生理が来てない。


だから多分今しかないと思う。


流川君は私を変えてくれた。そうしたら学校での居場所も変わった。私が変わったら世界が変わった。




「だから、今度は世界と戦いたい。世界を壊したい」


使用期限あるから古いのは捨てろ。

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