ep3 . 「嘘つき黒ギャルと初めての男女交際」 ソロ行為の共有
悪ィな、前回からこんな流れでよ。
御月が無言でボックスティッシュを俺に差し出す。
俺は無言でそれを受け取った。
二人とも黙ったまま涙を拭いて鼻をかんだ。
目を真っ赤にした御月はやっと口を開いた。
「……佐藤」
俺は御月の顔を見た。
「……ついでと言ってはなんだが、これも見てほしい……」
御月がリモコンを操作する。
俺は無言で頷いた。
ここまで来たらトコトン付き合うしかなかった。
画面に映し出されたのはYouTubeの動画だった。
単独キャラクターのスピンオフ動画。
1分以下の動画と、1分半の動画の2本。
ごく短いショートムービー的なものだったがもうダメだった。
俺はさっき以上に涙が止まらなくなってしまった。
俺の涙腺はぶっ壊れたのか?
御月が黙ってタオルハンカチを差し出してくれた。
登場人物と自分自身が重なって、自分でもよく分からなくなるほど泣いてしまった。
このシリーズには「実は恐竜の子どもであるが安全上の理由から “とかげ” と名乗っているキャラクター」が劇中に登場する。
恐竜であると知られると捕獲される恐れがあるからだ。
この “とかげ” が母親と離れて暮らしているというストーリーで、その時点でもう俺は泣けてしまってしょうがなかった。
様々な事情から離れて暮らす母親に会いたいと願い、夜は寝床で母親に再会出来るのを夢見ている。
今の俺そのものだった。
母親はもう4ヶ月ほど家に帰っていなかった。
4ヶ月前に帰ってきた時もちゃぶ台の上に生活費の数万円が入った封筒を残して行っただけだった。
それ以前も同じく、帰って来た形跡はあるものの俺には会ってはくれなかった。
つまり俺はもう長い期間、母親に会えていなかったのだった。
こんなに人前で号泣してしまったのは爺さんが死んだ時以来だった。
御月は赤い目のままで俺を見ていた。
「……佐藤に初めて会って話を聞いた時から、これを見せたいと思ってたんだ……」
御月も俺と “ とかげ” を重ね合わせて見ていたと言うのだろうか。
しかし、次の御月の言葉は意外なものだった。
「……おれも……同じだから……」
同じ?
どういう事だろうか。
……同じって?と聞き返す俺に御月は少し寂しそうな表情を見せた。
「……おれにも……居ないんだ、両親が」
両親がいない?
俺は以前に来た時にやたらニコニコとしていた御月の祖父母を思い出した。
「爺さん婆さんだけってことか?」
御月は首を振った。
「……あの人達はおれの養父母なんだ」
どういう事だろうか。
「おれは赤ん坊の頃に養子としてこの寺に引き取られた……養父母はおれにいつも良くしてくれてるし、感謝もしている……」
けど、と御月は言葉を詰まらせた。
「……本当のお父さんお母さんはどこにいるんだろう、って小さい時からずっと考えてた」
「……ずっとずっと考えてたんだ」
口には出せないけど、おれも会いたいんだ。本当の両親に、と御月は涙を滲ませながら声を絞り出した。
両親不在の寂しさ。
俺だけが世界中で独りぼっちになったような気になっていた。
どいつもこいつもぬるま湯で暮らしやがって、と親のいる家庭の同級生を妬ましく思ったこともある。
だけどそうじゃなかった。
地元NO1と言われるほどのイケメンで何不自由なく暮らしていると思っていた御月も同じ痛みを抱えて生きていた。
俺はなんて御月に声を掛けていいかわからなかった。
同じ痛み。
この痛みはどうすれば止められるんだろう?
悲しさの痛み止め?
そんな便利な薬、どこにあるっていうんだろう。
俺は改めて御月の自室を見渡した。
ぬいぐるみが随分たくさんあるなと思っていたが全部が「すみっコぐらし」のキャラクターだった。
御月がここまでガチ勢だったと思わなかった俺は少し驚いたが、コイツらしいなとも思った。
再び御月にボックスティッシュを渡されたので二人してまた鼻をかみ、涙を拭いた。
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
男二人で映画と動画見て号泣?
めちゃくちゃ恥ずかしかった。
いや、恥ずかしいなんてものじゃない。
絶対に知られたくない最大級の弱点をお互いに曝け出したようなものじゃねぇか。
ある意味、ソロ行為の見せ合い以上の恥ずかしさだった。
いやソロ行為見せ合いもなかなか十分とんでもねぇんだが。
俺の困惑を感じ取ったのか、御月は少し頷くと机の引き出しから何かを取り出した。
「……なあ佐藤。 “とかげ” は応援したくなるキャラだろう?」
ああ、と俺は頷いた。
どう考えても “とかげ” は他人とは思えなかった。
御月が俺に何かを差し出して来る。
なんだ?と俺はそれを覗き込んだ。
すみっコぐらしのシールだった。
「……佐藤にもやるから何かに貼ろう」
シール交換的な?
何かあったっけ?
俺はポケットを探る。
出て来たのはあの銀色の缶だった。
御月とお揃いである。
御月はそれを見て頷いた。
「……今度は間違えないようにお互いに缶の表にシールを貼ろう」
まあ誰かに見せるもんじゃあねぇしいいか、と俺も頷いた。
御月からシールを受け取り、缶の表に貼る。
俺は “とかげ” で、御月は “とかげのおかあさん” のシールを貼った。
今日の俺たちはなかなかに女子みたいじゃねぇか。
すみっコぐらしの映画と動画を観て泣き、シールを交換して持ち物に貼る。
しかも女子中学生ですらねぇ、完全に女子小学生のムーブだった。
けど散々泣いた後は少し気分がスッキリした気がした。
この日俺たちはこうして絶対に他人に知られたくない秘密を二人で共有したのだった。
俺と御月が持ってる缶と中身の同じものはAmazonとかで買えるぞ。(「TENGA コンドーム 」でググれ)
お前らも急げ!




