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最終話、忘れもの。

 それが、俺の出した最終的な答えだった。


 考えに考えて出したものだ。


 けれど、俺の目に映る今の彼女の姿を見ても、まだそんなことが言えるだろうか。いや、言い切れない。それが正しい答えだったかを未だに迷っている自分をぶん殴ってやりたくなる。


 ――でも、口から出たその言葉はもう取り消せない。


「……うん。わかった」


 それでも、彼女は崩れなかった。


「ありがとうだなんて簡単には言えないけど、でも……ありがとう」


 彼女は俺が思っていたよりも何倍も強かった。弱音を一切吐かなかった。


日方(ひ かた)が言いたかったことは……それだけ?」


 そんな彼女は挑戦的ですらあった。


「え、うん」


 思わず俺のほうが後ずさってしまう。


「理由を……教えてほしい」


 ここで、初めて茅野(ちが や)の顔が崩れ始めた。


「理由は……」


 聞かれると思っていた。考えてもきていた。何を彼女に伝えて、何を隠し通すのか。でも、今の俺の頭の中はからっぽそのもので。


「えっとー」


 しかし、何かを言わなければ。俺なりの考えをちゃんと言葉にしないと。茅野に気持ちは伝わらないのに。


「それは、茅野のことが好きだけど付き合えないっていうか……」


 何を言っているんだ俺は。それはさっき言っただろうが。……違う、違う言葉を言うんだ。茅野は理由を求めてる。


「俺は、その……好きだからこそ付き合えなくて、だから、守れるって思えなくて……」


 何もかもが支離滅裂だった。自分でも一体何を言っているのかがわからなかった。けれど、そんな俺を彼女は笑ってくれた。


 その笑顔とともに一粒の水滴が彼女の頬を伝う。


「もうっ……全然何言ってるのかわからないんだけど......! でも、言いたいことは大体わかったから、もう大丈夫。ありがとう」


 だから、俺は自分が嫌いだった。結局、俺は最後まで彼女に甘えっぱなしで。自分でなんて何も言葉にできなくて。でも、何故か茅野との思い出がよみがえってきて。俺ももらい泣きしてしまいそうで。


「あのさ……まだある」


 やっとのことで俺の口から出てきたのは、そんなどうしようもない言葉だった。


「なに……?」


 その優しい口調に俺はまた甘えてしまいそうで。


 ――でも、もう俺が彼女に甘えることは許されないから。


「俺と……友達になってほしい」


 不器用で、下手くそで、それでも彼女に伝えなくてはならなかったから。


「……」


 俺の願いに茅野はすぐに口を開くことはしない。けれど、彼女の目の奥にはちゃんと俺の姿が映っていた。


 わかっている。わかっているのだ。これがいかに自分勝手なことで、それが彼女の願いに応えていないことかも。それでも俺は真剣に悩み、答えを出したつもりだ。


 だから、今俺の目の前にいる彼女にも、どうしても俺の願いを聞いてほしかった。


「嫌!」


 その時の俺は、酷く間抜けな顔をしていたように思う。


 たった一言だった。それはまるで子供が親に駄々をこねているみたいで。いつもの彼女とは何かが違くて。それでも、その言葉には確固たる意志が含まれていた。


「……あ、うん」


 何を言えばいいかがわからなかった。


 すると、彼女は頬に垂れている涙を手で軽く拭った後に口を開く。


「私は……日方の彼女になりたいの。だから、あなたが私を彼女にしてくれるまで――私はあなたを絶対に諦めない!」


 浅間とは別れたのか? という言葉がふいに零れそうだったけれど、それでも俺の口からその言葉が飛び出すことはなかった。


 もうこれ以上、俺は茅野に何を言えばいいのかがわからない。だから、俺はこの場を去ることを決心する。


「じゃあ……」


 俺が彼女から背を向けて歩き出そうとすると……


「日方! ビンタ……忘れてる……」


 俺はそんな茅野の声を聞き、後ろを振り返る。もう一度彼女と向き合う。俺に彼女をこれ以上見ていることができるだろうか。茅野の顔を見る度に、俺は胸が張り裂けそうで。


「ビンタって……なんで……」


 そう言いつつも、俺は自然とあの日のことを思い出していた。茅野と久しぶりに出会ったあの日……彼女が俺にビンタをした日。


 ――忘れられるわけがない。


 俺が俺以外の人にビンタをされたのはおそらく、あれが最初で最後だったから。


「……お願い。私の頬を、ひっぱたいて……」


 確かに俺は、あの時に一度茅野から謝罪はしてもらっていた。でも、俺は彼女にビンタをしていない……。


 そうだ。お前が振ったのだから。だったらせめて、ここでちゃんとケジメをつける必要がある。目には目を、歯には歯を。ビンタにはビンタを。


 そしてその先は……いや、今その先の未来を考えるのは野暮だ。


 俺は茅野に近づき彼女の頬に触れる。


 初めてだった。この感触。


 ……こんなにすべすべの肌を、俺にひっぱたけっていうのか。


「うん。そうして……」


 俺はその手を空中におもいっきり振り上げる。


 あとは、俺がこの手を茅野の頬ごと振り切ってしまえばいいだけ。


「そのまま……」


 そして、


「……無理だ」


 無理に決まってる。俺が他人の頬なんてひっぱたけるはずがない。


「……っ……お願い……」


 俺の手は彼女の頬にぴったりと張り付いただけ。


 ――わかった。


 俺はそのまま腕に力を入れて、彼女の顔を横に見える屋上の柵のほうに振り向かせた。


 これで傍から見れば、俺は彼女をひっぱたいたことになるだろう。実際にはひっぱたくなんてことはせず、軽い力で茅野の顔を横に振り向かせただけだが。


「これで勘弁してほしい」


 俺は今度こそ、そのまま身体を屋上の出口に向けて、歩き出した。


 出口に向かっている最中、彼女の嗚咽する声が耳に届いたが、それに振り返ることはもうしない。


 俺には茅野を慰める権利もないし、彼女を抱き寄せる権利もない。ましてや、寄り添ってあげることなんて絶対に無理だ。それをしてあげられることができるのはもう……俺じゃない。


 ふと、あの時に父さんが漏らした言葉が、俺の脳裏によみがえってくる。


『そうだな……総司は誰とも結婚しないんじゃないかな……』


 もう何年も前の言葉だろうに。


 俺が恋愛において上手くいかないのは、この言葉に無意識のうちに縛られているからだろうか。……いや、たぶん違うな。


 もし仮にそうだとしたら、父さんはとんだ大罪人だな。


 それに、今思えば一番の浮気者は茅野ではなく、俺のほうだったのではないかとも思ってしまう。


 そんなどうしようもないことを考えながら、俺はいつもより何倍も重たい足を動かして、廊下を歩いていった。


完結までお付き合いいただき本当にありがとうございました!

最後になりますが、下にある☆☆☆☆☆を正直な評価でいいので押してくださると、嬉しいです!

感想やレビュー、ブックマークも合わせて頂けると、とても喜びます!!


そして、現在執筆中の次回作でまた皆様とお会いできることを心から願っています。

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