表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/51

43 茅野椿の決意

 文化祭の一週間ほど前、私は彼氏である浅間京介(あさ ま きょうすけ)に会っていた。


「久しぶり、浅間(あさ ま)


「ああ、久しぶり……言うほどそんな久しぶりか?」


 確かに彼の言うとおり、そんなに久しぶりではないのかもしれない。


「まず、学校の帰りに付き合ってくれてありがとう。それで、今日は今後の私たちに関わる大事な話があるの」


 私の向い合わせに座っている浅間は驚き一つ顔に出さない。というより、全く驚いていないんだと思う。


「わかった。話してくれ」


 話さなくても私が何を話すつもりかわかっているくせに、と私は心の中で呟いてしまう。


「私は……日方(ひ かた)と付き合うために、あなたとは今日を最後に……別れたいと思ってる」


 それでも、浅間は驚かない。内心はどう思っているのか私にはわからないけど、少なくとも、表面上の彼の顔に驚きは見えない。


「……わかった。ってことは、明日からは俺と茅野(ちが や)は恋人同士じゃなくなるってことだよな」


「そう」


 何故そんなわかりきっていることを再度確認したのかな、と思ったけど、結局その理由は私にはわからなかった。


「「……」」


 お互いにそれ以上喋る言葉が見つからなくて、私たちの間には沈黙が流れてしまう。いつもはそこまで気まずくなかったこの沈黙も、今日ばかりは少しだけ気まずく感じる。


「その……今までありがとう……ございました」


 私が今までの感謝の意を述べると、やっと浅間は少しだけ驚いた顔をしてくれた。私はその彼の反応に、つい笑いを返してしまっていた。


「……なんで笑ってんの? そんなに可笑しかったか?」


 私は堪えきれない笑いにぷるぷると肩を震わせながら、それでも首を横に振って見せた。


「いや、笑ってんじゃん」


 彼からの鋭い指摘に私は返す言葉もなく、どう返せばいいか困ってしまう。


「……でも、俺もなんだかんだ言って、割と楽しかった。出会いはホント意味わかんなかったけどな」


 私は少し驚いてしまう。まさか、浅間のほうから私との出会いを話し出してくれるなんて思いもしなっかったから。そして私は、密かに彼と初めて会ったときのことを思い出し始めていた。


「確かに。あなたの言うとおり、出会い方は本当に変だった。まるで、ドラマのワンシーンみたいで」


 すると、浅間は「それはあなたのせいよ」みたいな顔つきになって、その顔がまた新鮮で。ここでこんなことを言うのもよくないと思うけれど、その顔に私は日方の影を浮かばせてしまう。


「ねえ……こんなに『好き』って言葉をお互いに伝え――いえ、口にしなかったカップルもいないと思わない?」


「そうかもな……」


 そう言った彼は一瞬、私から目を逸らした。そして私はいつもよりもコロコロと彼の表情が変わる姿が見れて、それが何よりも嬉しかった。


 だって、私たちがカップルになったのは私が強引に彼を引っ張り出してしまったようなものだったから。


「私は好きな人が出来たけど……浅間は好きな人はいたりしないの?」


 その私の素朴な疑問に彼はすぐに答えてくれる。


「いない。俺、あんまり自分の恋愛とか興味ないんだよなー……」


 私にはそれが嘘に思えたけれど、実際にはどうかわからない。だから、私はここで意地悪な質問を彼にしてみることにした。


「やっぱり、私のことは……好きじゃなかった?」


「……ずるい質問だなー」


 彼は私の質問に答えたくないのか、話を逸らしてきた。


「……お願い……教えてほしいの」


 彼は少し逡巡したあとに、たった一言。


「……少し、だな」


「少し?」


 私はその意味を捉えかねて、すぐに聞き返していた。


「はあ……だから、少し好きだったってことだよ……」


 いつもよりも小さい声でぼそっと呟いた。


 それを聞いた私は、他の女子が今のセリフを聞いたらこんな彼をすぐに好きになってしまうんだろうな、と思った。


 顔もカッコいいし、今の不意打ちのセリフには私も少しキュンとしてしまった。


「……茅野は?」


「私は……あんまり好きじゃなかったなー」


 私は咄嗟に嘘をついてしまった。本当は――浅間と同じで、少し好き()()()かなー……。


「酷くね?」


「そう……?」


 彼が「うん。酷い」と言ったあとに、この場に少しの沈黙が落ちた。


 すると、珍しく彼のほうから口を開いてくれる。


「最後に一つだけ聞いていいか?」


「なに……?」


「あの時のお前は、ただのバカだったのか、それとも策士だったのかどっちだ?」


 私は少し悩んだ末にこう答えることにした。


「どっちもよ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ