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38 帰り道①

 俺たち四人は談笑をしながら体育館を出て、再び外の世界に足を踏み入れていた。


 もうすでに日は沈んでおり、外は暗がりに満ちている。


 そして、俺の足が止まると、皆も自然と歩みを止めた。


「マジで、もう動きたくない」


 身体がダルすぎる。例えて言うならば、歩みを一度止めてしまったら、もう一度歩き出すことはほぼ不可能、というあの感じだ。


「それにしても、あの体力自慢の(そう)がここまで落ちぶれていたとは……」


「たしかに、自分でも驚いてるよ。いくら何でももっと体力あると思ってたし」


 すると、腕を組んで立っていた茅野(ちが や)が口を開いた。


「でも、よかったわよ。特に、日方(ひ かた)ががむしゃらになりながらも頑張って年下からボールを奪おうとしているところとか」


 ……こいつ俺のことをバカにしてるだろ、絶対。


「言い方よ、言い方。年下とかいちいち言わなくていいから。ってか、俺のこと馬鹿にしてるよね?」


「してない。むしろ、その、好――い、良いと思う」


 今茅野の奴、『好き』って言おうとしてなかったか? まあ、何となく言いづらい気持ちもわかるけども。


「それで茅野は、1on1で田辺(た なべ)さんに勝てたのか?」


 俺はこの空間に流れる微妙な空気を取り払うべく、茅野に別の話題を振ることにした。


「……負けた。こてんぱんにされたわ。ねえ果歩(かほ)ちゃん、なんでそんなにバスケ上手いの?」


 マジですか……。何点差で負けたんだろう。聞いてみるか。


「何点差で……、すみません」


 睨まれた。めちゃくちゃ睨まれたんですけど。恐すぎだろ、あの茅野の目力。


「それでどうなの? 果歩ちゃん。あ、でも、答えられないなら別にいいけど」


 どうでもいいが、こいつ結局「ちゃん呼び」にしたのな。一年のときはどんなんだったけ? と考えてみる。


「そうですね。私はただ単に中学でバスケ部だった、ってだけです。それ以上でもそれ以下でもありません」


 俺は田辺の言葉を聞いて思ったことが一つあった。この人、ごまかすのが下手すぎじゃない?


 茅野がワントーン間を置いて答える。


「わかった。教えてくれてありがとう」


 茅野にも思うところがあったのだろう。それ以上、田辺を追求することはしなかった。


「……」


 ん? なぜか今、一瞬、田辺と目が合ったんだが。何かあったんだろうか。まあいいか。


「あの、先ほどから気になっていた素朴な疑問なんですけど、空閑(くが)さんの下の名前って何ですか?」


 その田辺の言葉を聞き、俺はすぐに、隣で突っ立ている空閑の反応を窺ってしまう。


「えっとー……、」


 やっぱり言いたくないんだろうな。中学の頃もこいつのことを気遣って、揶揄う(からかう)とき以外は皆が「空閑」と呼んでいたし。


 田辺は空閑が何に困っているのかがわからないからか、首をちょこんと傾げていた。


「俺が代わりに言ってやろうか?」


 空閑が俺のほうに振り向き、すぐさま正面に向き直る。


天馬(てん ま)……空閑天馬(く が てん ま)っていいます」


 その時の空閑の声は、いつもよりも随分とか細く聞こえた。彼なりの羞恥心からだろうか。


「天馬……いいお名前ですね。なぜ自分の名前を言うだけなのに、そんなに間があったのでしょうか?」


 それ以上、空閑を追い詰めるのはやめてやってくれ。こいつ、ただでさえその名前を言うのに勇気を振り絞ったのに……。


「いい名前、ね。俺はこの名前、あんま好きじゃないんだよ。天馬ですよ、天馬。高校生にもなって天馬は流石に恥ずかし過ぎるんだけど」


 俺は空閑の気持ちを汲み、ひとしきり頷く。わかるぞ、その気持ち。アニメとかではよく使われてそうな名前だが、実際に自分が「天馬!」と呼ばれたときのことを考えると……。


 うん、恥ずかしい、きつい。それに大人になってもその名前で呼ばれるとなると、言葉では表しきれない恥ずかしさを永遠に身に纏うことになる。


「え、でもカッコイイと思……」


 俺が唇の前で人差し指を立て、口をイーの形にしたのを視認した田辺が、途中で言葉を詰まらせた。


 空閑が俺のほうを見る。俺はそれに気づき急いでそっぽを向きつつ、言葉を紡ぐ。


「どうした? こっちなんか見て」


「いや、別に……」


 よし、なんとか俺の田辺へのあしらいが気づかれずに済んだぞ。


「じゃあ、また後でな」


 空閑は、隣にいる俺にだけにしか聞こえないような声でぼそっと呟いた。


「え、後で?」


 そんな俺の言葉を空閑は聞き流しつつ、今度はすぐ近くにいる彼女らにも聞こえるような声量を出した。


「じゃあ、俺の家向こうだから。じゃあね」


 ボールケースとバッグを抱え、人差し指で家の方向を指差したあとに、手を振りながらその方向に駆け足で走って行ってしまった。


「行っちゃいましたね」


 一番関わりが少ないはずの田辺が独りごちた。


「そうだな」


 あいつの言う、「後で」とは一体いつのことを指しているのだろうか。イマイチ空閑の時間感覚が(つか)めない。


「じゃあ、私たちも帰りましょうか」


 そう言いながら、茅野は既にすぐ近くの自転車置き場に向かっていた。


「そうですね」


 その後を田辺が付いていく。ってか、忘れてたけど俺走って帰らなくちゃいけないじゃん!? きっつー……。


 そんなことを思っていると、茅野が俺の真ん前で自転車を止めた。


「帰りは……乗る?」


 そう、茅野には時々こういう男勝りな所が垣間見えるのだ。それに俺はこういう奴が結構好きだったりする。

 

「いや、いいわ」


 俺は端的にそれだけを述べた。


「どうして? 別に遠慮しなくてもいいのに……」


「その優しさはとても嬉しいが、こっちにだってプライドってもんがあるんだ。男が女を後ろに乗せることはあっても、その逆は許せない」


「じゃあ、あなたのそのモットーに則って逆にしてあげてもいいけど?」


 なんでこの人偉そうなんだよ。こいつ、ほんとに俺のこと好きなのかな。


 ……。


 俺って、こんなこと言う奴だったか?


「また無視ね。そんなに悔しかったの? 中学生に負けたこと」


「え……」


 俺は茅野からの思いがけない言葉に、ただただ驚くことしかできなかった。


「悔しかった……ゕ」


「そう。悔しかったんでしょ? 私は……ううん、今じゃないから後で言う」


 俺には茅野の言いたいことを察することができなかった。


「果歩ちゃん待ってるから。ほら、荷物入れて」


 まただよ。今朝再度確認した筈なのに。俺は何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのだろう……、こんな自分に嫌気がさす。


 そう思いながらも、俺は茅野の言う通りに彼女の自転車の籠に荷物を入れる。ちなみに、茅野の背中には、彼女自身の結構大きめなリュックが背負われている。


「ありがとう」


「どういたしまして。行きましょ」


 それだけを言って、茅野は田辺が待っている駐輪場に自転車を押しながら向かう。


 ってか、さっきから田辺がずっと俺の自転車の鍵付近を弄ってるように見えるんだが、どうしたんだろうか。あ、そうか……。


「田辺さん、パスコード教えてなかったよね? ごめん」


 俺は田辺の近くまで行き、パスコードを指で押し(へこ)まそうとするが……あれ? ちゃんと正しいパスコード押されてるじゃん。


「あの、番号は覚えてたんですけどロックがなぜか解除できなくて……」


 そう、俺の自転車の鍵はボタン式リング錠のものになっており、パスコードさえ覚えていれば開けられるはずなのだが……。


 俺は押された四つの数字のパスコードをそのままにしつつ、施錠を開けるために黒い出っ張りのヘソの部分を押してみる。


「開かないですね。すみません、もしかしたら私が壊してしまったのかもしれません」


「いや、これ長い間使ってるから鉄の部分が曲がっちゃってるだけで田辺さんのせいじゃないから安心して」


 俺はスポーク同士の間に挟まっている鉄の()め具を手で真っ直ぐになるように動かしてみる。すると……


 ストンッ!という音と共に鉄の留め具が引っ込んだ。


「よし、これで乗れるよ」


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ」


 ×××


 今、俺たちは自転車で帰り道を走っている最中だ。俺だけが自分の足で走っている。


「え、ってか凄くないか。打ち合わせもしてないのに皆同じ方向に向かってるんだけど」


 俺は息を切らしながらも、途中途中言葉を区切りながら発した。


「私たち皆が同じ一つの目的地に向かってるんだもの。それはそうなるわよ」


「どこ?」


「日方の家に決まってるじゃない」


 茅野の言い草は何とも堂々たるものだった。あー、うん。俺の家ね……。


「いや、田辺さんはわかるんだけど、なんで茅野まで俺の家に来る必要があるんだ?」


 茅野は先ほどから俺のほうを向くことはせずに、ずっと真正面を見据えている。


「別にいいでしょ。それとも、何かしらの理由が必要?」


「……まあ、別にいいけど」


 これは俺の勘違いかもしれないが、最近になって、妙に茅野が俺に対して強気になった気がする。


 自分の想いを伝えてしまったから肩の荷が下りた、とかそういう類のものだろうか。


 その後も俺たちは時々会話を交えつつ、足やら自転車やらを走らせ、ついに俺の家の前に到着した。


 彼女たちが、俺の家の横にちょこんと隣接されている駐輪場で自転車を止めている間に、俺は息を整えた。


「それでどうする?」


 俺は回れ右をして、後ろにいる彼女らのほうに体ごと向けると、田辺がサドルに跨ったまま遠慮がちに口を開く。


「私は……ここにいますね。日方くん、私のカバンをお願いします」


「うん、わかった」


 俺はその言葉を言ったあとすぐに、「おまえはどうすんだ?」と言わぬばかりの眼差しで茅野に視線を向ける。


「私は……入ら……入ってもいい?」


 俺は両目を閉じ、両瞼の上に手を置きながら少しの間熟考する。


 オカンは絶対に家に居る。それに今日は日曜日だ。この時間だと海から帰還してきた父さんまでいる可能性がある。控えめに言ってかなり危険だ。だが……。


「……わかった、いいよ。でも、両親どっちとも家にいる可能性があるけど、大丈夫?」


 女子高生である茅野にとって、俺の両親と会う……というのはどのような心境なのだろうか。


「うん。むしろ会いたいくらい。やっぱり、同級生の男子の両親ってどんな感じなのか気になるわ」


「そうか……」


 正直俺としては、茅野を俺の両親に会わせるのは凄く気恥ずかしい。しかし、なぜだろうか。田辺を家に入れるときはここまでの恥ずかしさは感じなかった。


「あのさ……、やっぱり田辺さんも一緒に俺ん家に入るってのはどう?」




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