27 田辺さん②
「……どうかされました?」
俺はなぜ田辺が部屋を見渡し続けてるかを簡単に察することができたが、あえてその事については触れないように質問した。
ほら、もしかしたら全然違うことに驚いているのかもしれないし。
例えば男子の部屋に入るのが初めてだから「男子の部屋ってこんなに汚いものなんだ」と呆気に取られてるだけの可能性もあるし。
「……」
田辺は未だに無言を貫ぬきながら部屋を見渡している。
なんかあれかな……俺の部屋鑑定されてるのかな。
部屋の色んな箇所に毛が落ちてるからマイナス1点とか、よくわからないキャラの絵が印刷されているポスターが貼ってあるからマイナス5点みたいな。
とりあえず、もう一度だけ話し掛けてみるかなと思った矢先、彼女はその場に留まるだけに足らずして勉強机の下を見たり、本棚の本を取り出して読んではしまってを繰り返す。
流石に人の物を勝手に触るのはどうかと思い、田辺の肩を軽く二度ほど叩くことにした。
「おい、流石に俺の物に勝手に触れるのはちょっと……」
田辺は我に返ったのか一度肩をびくりと震わせて本を本棚にしまい、こちらに振り向く。
「す、すみません。ついつい気になったので触れてしまいました」
「は、はぁ……、まあ別にいいんだけどさ。俺に許可を取らないで勝手に触れるのは人としてもあまりよくないかなと思って」
田辺は「は、はぁ……で、ですよねー」とでも言いたげな顔つきになる。
そんなことよりも気になることがある俺は、続けて田辺に問う。
「それでどうこの部屋? 」
「どう? と言われても……」
いや、まあたしかに少し言葉を濁して言った俺も悪いかもしれないけど、何となく察しがつかないかい?
そんなことを思っていると、田辺はいたって普通の顔で平然と言う。
「この部屋の見た目に関してですか?」
「そう」
そう、それだよそれ。 絶対最初からわかってたんじゃん。この子ほんの少しだけだけど意外と性悪女なのかな。
「そ、そうですね。私は別に何とも思いませんが……」
俺は今すぐにでも「ほ、ほんとー!?」と言って田辺に抱きついてしまいたかった。きもっ。
「その、気持ち悪くない?」
田辺は間髪入れずに答える。
「……もちろん、人によりけりだとは思いますけど、私は別に大丈夫なタイプ」
「そっか、ならよかったわ。正直引かれると思ってたから」
ほ、ほうー? なんかでもこの人普通にそういうサブカルチャー? 的なの好きそうな感じ漂ってるもんなー。
学校ではそんな姿全く見せなくても家では一人でそのー、BLものとか好んでそうなタイプに見える(偏見)。
田辺はまだ何か言いたげだ。
「それに……」
田辺は少し目を伏せながら弱々しい声で発した。
「それに?」
え、なに、どうしたの?
「こういう大人しそうな子って色々と未知数だからなんか恐いよなー」と心の中で思いつつ、俺は少しだけ身構えた。
何を言う気だ、この子……。
「そ、その……可愛い」
へ? どういうこと?
「この部屋に飾ってあるポスターとかここにある本の表紙になってる女の子たちホントに可愛い、やばい……」
……え。この子そういうタイプか。
ここだけの話、そういうのとか何かが凄く捗ってしまう。
「あのー……もしかして男子じゃなくて女子が好きなタイプですかね?」
田辺は一瞬逡巡した末に俺から少し目を逸らしながら答える。
「えっとー、そういうわけではないと思うんですが、可愛い女の子とか見てるとその……
凄く癒されるんです」
なるほどー。まあわからなくはない。
いや、むしろめっちゃ共感できる。
それにしても異性で共感できる人がいるとは思いもよらなかったぜ。
「うーん、正直言うとめっちゃわかる。え、きもくない? 大丈夫?」
その瞬間、田辺はクスッと笑い、その調子を崩さずに俺に言う。
「そんなに心配しなくても全然きもくないので大丈夫ですよ。言ってみれば日方くんがきもかったら私まできもくなっちゃうじゃないですか」
「……まあ、たしかに。でもやっぱさ、女子が女子のこと可愛いって言うのと男子が女子のことを可愛いっていうのじゃなんか違うじゃん?」
すると、田辺は見る見るうちに気まづそうな顔つきになり、またもや俺から顔を逸らしながら言う。
「……まあ、たしかにそれは否定できませんけど」
「え、てっきり否定してくれるのかと思ったわ」
あ、やべ。声に出てたわ。
「……否定したい気持ちは山々なんですが、事実ではあるので嘘をつくのもちょっと違うかなと思って」
先ほどとは打って変わって、田辺は至って冷静な顔つきと声のトーンで言った。
「……たしかに」
俺は何の当たり障りのない受け答えをする。にしても、さっきからたしかに合戦が凄いなーおい。
すると田辺は「ねぇ――あ、あの、この辺にあるポスターとか本とかもっと見てもいいですか?」とポスターを見ながら俺に問う。
俺は「もう見てるじゃん」と心の中で独りごちりながらも答える。
「うん、いいよ。好きに見てくれ」
それにしてもマジでこういうのに興味あるんだな、田辺さん。
そこで俺は近くにある勉強机の椅子に座ってから先ほどから気になっていたことを田辺に聞いてみることにした。
あと田辺もさっきからずっと立ってるけど……まあいいか。
すると、コンコン! とドアのほうからノックの音が聞こえた。
田辺と俺は一斉にドアのほうを見やる。
「総司ー、入ってもいい?」と部屋の外から誰かが言っている。
言わずもがなこの声の主はオカンだろう。
やっべー、今ここでオカンをこの部屋の中に入れるのはあまりに危険すぎる。
かといって、「ごめん。今無理」というのはそれはそれでいつもと違う何かが起きていることを悟られてしまうだろう。
そして先ほどから田辺はというと、本を広げた状態で手に持ちながらすぐ近くの椅子に座っている俺のほうを凝視しつつ「どうすればいい?」と口パクで俺に何度も訴えてくる。
「総司寝てるのー?」
これまたオカンがドアの外から俺に問いかけてくる。
コンコン、コンコンというノックの音が鳴り止むことはない。
俺はすぐ近くにいる田辺の元に行き、田辺には申し訳ないと思いながらも俺は近くのクローゼットを指差しながら「そこのクローゼットに隠れられるか?」 と小さな声で言う。
すると彼女は頷くこともせずに俺に気を使ったのか否かはわからんが、踵を返してクローゼットのほうに直行した。
本当にすまん。
次の瞬間、オカンはドアを開けて俺の部屋に入ってきていた。俺が部屋に入っていいと言っていないにも関わらず。
そして田辺はというと、クローゼットの中には入ってはいるものの、クローゼットのドアがガン開き状態だった。
オカンはいつもと変わらぬ平然とした様子でいつも通りのテンプレと化した言葉を俺に言う。
「これ、洗濯物」
これはバレてないのでは?
俺は椅子に座りながら、先ほど急いで出したスマホを弄りつつ心の中で少し安堵して、俺も何ら変わらないいつも通りの言葉をオカンに伝える。
「ありがと」
俺はその言葉を言いつつ、横目でクローゼットのほうを見る。そして俺は気づく。
不幸中の幸いか、田辺はオカンが入ってくる瞬間にクローゼットのドアこそ閉められなかったものの、すぐに身体ごと俺たちの視界に入らない所に隠れられたようだった。
それを知ってか、俺はまたもや独り大きな安堵を心の中でする。
いや、もしかしたら俺一人だけでなく田辺も同じタイミングで安堵していたかもしれない。
「……」
俺はオカンのほうを向かずにスマホを弄りながらも疑問に思う。「なんでだ? 」と。
いつもだったらオカンは洗濯物を置いたらすぐに部屋を出ていくため、今もすぐにドアを閉める音がしてもいいはずだが、今日は未だにその音が鳴らない。
俺はいてもたってもいられず、俺のすぐ真後ろにいるオカンのほうを向いてから言葉を紡ぐ。
「どうしたの?」
オカンは間髪入れずに俺の疑問に対し応答する。
「いや、あの靴誰のなのかな? と思って」
靴? ……うっわ。
なおもオカンは俺に問い詰めるかのように言う。
「あの靴、家に履いてる人いないでしょ? だから誰のかなーと思って」
……、これ、完全にバレてんじゃん。
「靴? どの靴?」
俺はこれが無駄な足掻きだと思いつつも、どうしてもオカンに家に同級生の女子が入り込んでいることを知られたくなかったから知らんぷりをかますことにした。
「……そう、なら玄関に行って見てみれば?」
なんか声のトーンが恐いんだけども。怒ってる?
こんな状態で何か良い案を思いつくわけがない俺は、オカンの言うことを素直に聞くことにした。
「わかった……」
……いや、待てよ。
俺は座っている椅子から立って、オカンの目の前を通りすぎて自室のドアを開けた。
しかし、オカンはちっともその場から動こうとしない。
俺は疑問に思い、ドアを開けたままその場に立ち止まってオカンに向き直り、直接聞いてみることにした。
「あれ、一緒に来ないの?」
するとオカンは間髪入れずにさも当然というように答える。
「なんでママが行くの? ママはここで待ってるけど」
は? なんで? 一緒に行かないと靴の件についてその場で話し合えないじゃん。
そこで俺は思ったことをオカンにそのまま言ってやった。
「なんで? 一緒に行かないとその得体の知れない靴が誰のか話し合えなくね?」
オカンはそれでも俺と一緒に玄関に来る気はないらしく、「ママはもう、一度見てどんな靴か把握してるからもう一度見る必要はないのよ」とか言って俺が先ほどまで座っていた椅子に勝手に座り始めた。
おい。俺の椅子に座っていい許可まだ出してないんですけど。勝手に座らないでもらえます?
就職の際の面接だったら許可出す前に勝手に椅子に座った時点で「お引き取り下さい」って言われるよ絶対。知らんけど。
続けて言うと、この時の面接官の言葉遣いはいたって丁寧にも関わらず、発している言葉自体はその人の今後が決まる一途の活路を切り捨ててしまう言葉だからこそなお恐い。
マジで就職活動をしている未来の自分が全く想像できん。
そんなことを思っていると、オカンは近くで嘆息を漏らしていた。
「なんでドア開けっ放しでずっと突っ立ってんの? 見に行かないの?」
「見に行くけどさ……」
やっぱさっきからこの人怒ってない? なんで?
あれか。親の許可を取らないで勝手に家に見ず知らずの人を連れてきたから怒ってるのか。
それともまさかの嫉妬かー? いや、なわけ。
……でもほんとにどうするよ? このまま田辺をここに置いてくのは流石に色々とヤバイよな。
そう。色々とね。
そこで俺はもうこれ以上グダっていても何も始まらないと思い、先ほどから疑問に思っていたことを確認の意も込めて聞いてみることにした。
「ねえ、さっきから思ってたんだけどなんでそんなに一緒に来ることを頑なに拒否するの?」
するとやはりオカンは間を置かずに、そして堂々と俺に答える。
「だってこの部屋に誰かいるんでしょ?」
そして俺はこの言葉を聞いて確信した。
やっぱバレてんじゃん。
そもそもお前はなぜこの状況でバレていないと思った?
「わかった」とだけ俺は言い、俺は部屋を見渡す。
……。
無理だな。完全に俺の負けだ。
そしてオカンは先ほどから真顔で俺の顔をずっと眺めている。
この調子だと、田辺の顔を確認するまではオカンの奴、この部屋から出て行ってくれそうにないな。
「はあ……わかったよ。もう出てきていいよー!」
すると、クローゼットの中から「痛っ!」とか言う声と共にガサゴソと物音がし始めた。