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23 遊園地③。

 最悪なことに俺たちは今、お化け屋敷の入口に並んでいた。


 いやー、もうほんとにやだ! 帰らせて!


「助けておかあさーん」と叫んでしまいそうなほどには俺はお化け屋敷にビビっていた。


 ビビりすぎて、お化け屋敷にお辞儀しそうだった。


「じゃあまたペア分けしよっか」と七海(ななみ)


 俺は嫌々グーパーをする。


「グー……」


「パー」


「パー!」


「グー」


 結果は俺と茅野(ちが や)ペア、浅間(あさ ま)と七海ペアだ。


 あれ? デジャブってない? 先ほどと同じペアになったんだけど。


「もう一回ペア決めをやりたいところだが、公平に決まったものだししょうがないな」


「そうだねー、日方(ひ かた)のビビり顔見たかったなー」


 とか何とか言いながら、浅間と七海はさっさとお化け屋敷の中に入っていってしまった。


 ちなみに次は俺たちが入る番だ。


 良かったー……あんな奴らと一緒じゃなくて。


 不幸中の幸いだった。


 いや、まだわからん。茅野もお化け屋敷苦手な可能性も……と思い、茅野の顔を見てみる。


 茅野は俺の視線に気づきこちらを見ながら、


「……別に私は苦手じゃない」


 やったー!アイツらと入るよりかはまだましな展開になりそうで一安心。


 いや、油断は禁物。こいつまでもが俺をコケに……。


 すると俺の心配そうな顔を読み取ったのか、茅野は苦笑する。


「別に私はあなたにいたずらしたり、脅したりしないから安心して」


 俺の横には女神が……女神がいた。


「今知ったんだけど、日方ってお化けとか苦手だったんだ……」


 茅野は心底意外そうな顔をしている。


「あ……うん、まあ、少しね」


「いや、絶対少しじゃないでしょ。脚とかめっちゃ震えてるし」


 そう、俺の脚は震えに震えていた。なぜに? めっちゃ「止まれ」って心の中で思ってても全く脚の震えが止まる気配がない。


 博士〜、このロボット失敗作ですよー。


 そしてついに俺たちの番がやってきてしまっていた。


 何やら色々と係の人が説明しているが、全く頭に入ってこない。


「では……中にお入りください」


 と低い声で説明していた人がドスを効かせる。


 あー!死にたいよー!


 もうホント無理なんですけどー!


 俺たちは仕様がなく中に入る。


 すると俺の手に何かが触れる。


 ん? これ絶対お化けじゃん! 私に触らないで!


 いや、そんなわけないやん! と思い、目を凝らしてよく見てみると誰かの手? らしきものが俺の目に映った。


「ほら、恐いんでしょ。私の手、握っときなさい」


 え……やばい、茅野さんめっちゃカッコイイ。


 そして俺は、途中途中後退りなりながらも、茅野に物理的に背中を押され、何とかお化け屋敷をクリアすることに成功した。


 外に出る少し前に、茅野は俺の手を離した。


 おそらく、浅間と七海がいるからだろう。


 外に出ると、浅間と七海は楽しそうにお喋りに興じていた。


 そして俺たちのことを見つけた瞬間に、七海が向日葵(ひまわり)のような笑顔になる。


「ねえねえひかたひかた、どうだった? 楽しかった?」


 めっちゃ楽しそう……。


「いや、うん、余裕だったよ」


 俺は隣から視線を感じ視界の隅で茅野を見てみると、ジト目を向けられていた。


 本当に有難うございました。貴方の御加護が無ければ今頃俺は死んでいました。


「いや……私は楽しかったか訊いただけなんだけど。あっれれー、日方もしかして恐かったの~?」


 こいつめ……、言いたいだけいいやがって。絶対いつかお返ししてやるからな!


 そして、俺は何て答えたらいいか分からずに固まってしまう。


 俺が黙っていると、七海も「ごめん。言い過ぎちゃったかも」的な顔をした。


「……。まあいいや、じゃあお昼食べよっか!」


 そして俺たちはそのあともお昼を食べたり、色んなアトラクションに乗ったりして遊園地を大いに満喫していた。


「ちょっと休憩しない? 疲れた!」と七海。


「たしかに、少し休憩してもいいかも」と浅間。


「夜ご飯も一緒に食べちゃうか」と俺。


「それがいいんじゃない?」と茅野。


 そして俺たちは園内にあるフードコート的な場所で四角テーブルを囲む。


 椅子の座り方は手前の椅子に俺と浅間。そして奥のソファに七海と茅野だ。


 俺と七海が向かい合い、浅間と茅野が向かい合う形となった。


 俺と浅間はラーメンとチャーハン。茅野はたこ焼きのみ。七海はカレーライスを食べていた。


 そして俺たちは無事食事を終える。


 今は皆が各々スマホを弄っている形だ。


 俺は携帯で電子の本を読んでいた。


 その間数一〇分ほど、無言がこの場を支配していた。


 すると七海が大きくため息をつき、スマホをポケットにしまった。


 なんだ? と俺は心の中で七海を訝しむ。


「ねえねえ、君らは本当にそれでいいの?」


 皆が一斉に声の主のほうを見る。


 何について七海は言っているのだろうか?


「主語がないと人には伝わらないよ!」と国語の先生が言いそうなことを俺は心の中で一人ごちる。


「私が口を出すことじゃないけど、この機会に話し合ってみたら?」と七海は放つだけ放ち、ソファから立ち上がってどこかに歩いていってしまった。


 なんて気の使える奴なんだろう……こいつは。


 しかし、この状況で俺たちは真面まともに話し合うことができるのだろうか。


 でも……いずれ話さなきゃならないんだ。腹を割って今話したほうが後々楽かもな。


 うーん。何から話せばいいのだろうか。


 数分の間、その場に再び静寂が流れる。


 すると浅間が口を開く。


「……茅野は日方のことが好きなんだよな?」


 いきなり核心を突く質問だった。


 そういえば今気づいたが、こいつら恋人同士なのに苗字で呼びあってるんだな。


 もしくは本当は普段は名前呼びだけど、俺がいるから敢えて苗字呼びにしているのだろうか……。


 まあ今はそんなことどうでもいいか。


「私は――うん。日方のことが好き……だと思う」


 茅野は迷った末に、俺と話していたときと似たようなことを言い始める。


「でも俺とは付き合ってるんだよね? それとも、もう俺とはいつの間にか別れてるってことになってるのかな?」


 こいつのトーンは俺からすると怒っているように聞こえた。


 だから俺は右隣に座っている浅間の顔を一瞥する。


 あっ。


 一瞬しか見えなかったが、恐らくこいつは怒っているわけじゃないんだと思う。


 浅間なりに、真剣に、茅野に問うているように見えた。


「私はまだ浅間と付き合っているつもり……」


「つもり?」


 浅間は訝しげに茅野に問う。


 こいつの気持ちは分かる。


 俺も「つもり」という表現には疑問に思うものがあった。


「正直にいうと……私は今、自分の気持ちが分からない。日方と浅間のどちらのことも好きなんだと思う」


 茅野はゆっくりと言葉を紡いだ。


 そして俺は「ついに言ってしまったかー」と思った。


 それに茅野自身、このことを俺たち……いや、主に浅間に言うことを躊躇しながら言ったのだと思う。


『本当にこのことを言ってもいいのだろうか?』と。それも本人たちを目の前にして。


 相当の勇気が必要だっただろう。


 そしてその言葉を聞いたら、おそらく普通の常識人なら怒り狂うか、茅野をひっぱたくかするだろう。


 でも俺は違う。


 たぶん、俺の隣にいる浅間の奴もそうだろう。


「でも、やっぱり日方のほうが……好きかも」


 浅間はその返答に一瞬びっくりしたような顔つきをしたあと、いつもの爽やかな顔つきに戻った。


「……そっか。まあ俺たちじゃお前の気持ちは分かりようがないから自分で決めてくれ」


 そう発した浅間には怒っているような素振りは全くなかった。


 やっぱりこいつはただもんじゃない。


 普段はおちゃらけているチャラ男のイメージがこいつにはあるが、こいつは他の奴らよりも肝が据わっている感じがする。


 それともこいつにはただ単に恋愛に対して「情熱」というものがない一般的に言う、薄情者なだけなのだろうか。


 いや、その両方の可能性もあるか……。


 いずれにせよ俺はこいつのことをまだ表面上()()知らないのだろうとさっきのこいつが放った一言で改めて思った。


 浅間はスマホを手に持ち、それを耳元に当て始める。


 誰かに電話でもするのだろうか。


「もしもし。もうそろそろ戻ってきてもいいんじゃないか?」


 あー、七海か。茅野の隣のソファの空間を見る度にあいついつ戻ってくるんだろう? とは思ってた。


 そして数分もしないうちに七海は戻ってきて、今日はもう帰ることになった。


 俺たちは雑談をしながら駅まで歩き、浅間と七海は俺と茅野とは路線が違うので改札で別れることになった。


「椿ちゃんと日方じゃあねー!」と七海。


「じゃあ」とだけ爽やかに言ったのは浅間。


 俺たちも彼らに別れの挨拶ではなく「またね」という意味合いになるトーンでの彼らに挨拶を返した。


 そして俺と茅野は最寄り駅が一緒なので、二人でこれから一時間弱同じ電車に乗ることになる。


 ここであえて違う電車に乗るのも意味わかんないし。


 でも、今日の朝のときよりかは随分と俺と茅野の距離間は縮まったと思う。


 むしろ今までで、一番距離が近いと思ってしまう。


 果たしてそう思っているのは俺だけだろうか……。


 でもやはり、俺と茅野の今の関係や幾度となく遊園地で交わした普段の会話がぎこちないものであることに変わりはない。


 距離とぎこちなさは比例するものではないと思う。


 そう、例えるならば「離婚前の夫婦の関係」のような……いや、やめよう。


 それはさておき、もう俺たちはすでに改札の中に入ってしまっている。


 ゆえに俺は帰りの電車の経路を調べなければ。


 なんで行きと帰りの電車の経路って少し異なったりするのかな……ほんと困るんですけど。


 まあ、同じ経路で帰れる場合のほうが多いことは否定しないが。


 でも行きと同じ経路で帰ろうとすると返って遠回りだったり、もっと早く帰れる経路があったりするんだよね。


 と一人心の中でごちりつつ、俺はポケットの中ににあるスマホを取り出した。


 すると、隣にいる彼女こと茅野が――すみません。勘違いを招くような言い方をして。


 言ってみたかったんです。


 一応言っておきますが、俺と茅野は断じて付き合っておりません。


「断じて」っていうと、なんか俺が拒絶してる感があるなー。


「もう電車の経路調べてあるから、日方は調べなくても大丈夫だけど……私についてくれば最寄り駅までは辿り着くわ」


 この人時々その辺の男よりもカッコよくなるんだよな……ふいにそういう行動を取るのはやめてほしい。


「わかった、ありがとう。 助かる」


 茅野は一瞬、戸惑ったような顔をした。


 そして、「別にあんたのためじゃないんだからね!」と頬を赤く染めて照れた――嘘です。そんなツンデレ女子みたいなこと茅野は断じて言いません。


 正確には「……私もあなたと同じ最寄りなんだし、それに調べないと私も帰れないし……」


 なーんでこの人はこう素直に「どういたしまして」と言えないんだろうか。まあ別にいいけど。


 そして俺たちは電車に乗り込む。


「席空いてるけど座んないのか?」


「四分くらいでどうせすぐ乗り換えだから座る必要もないわよ」


「そうか」


 そんな何の変哲もない会話を俺達は交わし、電車を乗り換える。


「次で乗り換え最後か?」


「そうよ」


 そして俺たちは再度電車に乗る。


 そこで俺はふと気になったことを迷った末に茅野に訊いてみることにした。


 なぜ迷ったかと言うと、少し踏み込みすぎな質問な気がしたからだ。


 俺が知る必要もないような……。


「あのさ、なんでその……別れないんだ?」


 その言葉を発した瞬間、茅野はスマホを素早くポケットにしまい、こちらに振り向く。


 げっ、踏み込みすぎただろうか……。


 そして俺と茅野は目を合わせる。


 こんなときでも少しだけだが、ドキッとしてしまうのだから困る。


「なんで?」


 茅野は端的にそれだけを俺に発した。


「いやだって、自分で言うのもおこがましいけど……俺のことのほうが好きなんでしょ。なら、普通は他の人を好きになった時点で別れるんじゃないかなーなんて」


 茅野は考える素振りも見せずに、すぐに俺に応える。


「別れる必要がないから……」


 俺は自分にはそんな発想はなかったからか、咄嗟の間に茅野の言っている意味が理解できなかった。


「それってどういう意味?」


 俺は瞬く間に茅野に聞き返していた。


「……私は確かに、あなたの言う通り浅間よりも日方のほうが好きで、それは普通だったら浅間と別れる理由になると思う。でも、別れたところで別にどうにもならないの」


 イマイチ俺にはまだ茅野の言わんとしていることがわからない。


「別れたところでお互いにメリットがあまりない――だから私たちは別れないの。逆に付き合ってたところでデメリットもあまりない。言い方が少し悪くなるけど、なら付き合ってたほうがお得でしょ。いや……訂正する。付き合ってたほうが少なくとも私はメリットのほうが多いと思ってる」


 あー、なんとなく言わんとしてることがわかったような気がする。


 しかし、まだ茅野の話は終わっていないようだ。もう少し聞いてみよう。


「具体的には……付き合ってたほうが私のことを好きになる人が少なくなるとか……これはちょっと自意識過剰ね。他のメリットとしては……私は言っても普通の高校生。誰かと付き合いたいという気持ちも当然持ってる。だからその欲も彼と付き合うことによって満たされる、とか」


 茅野の言っていることが少し俺にもわかったところで、俺も付き合うことのメリットについて少し考えてみる。


「……一緒にいることが楽しいとか?」


 茅野は俺が発言すると思っていなかったのか少し驚いたあとに「それもある」と言った。


 それにしても、茅野にはそんな価値観があったのか。


 でもこの考え方はあまり大衆受けしそうにない。


 むしろ、普通の人がこれを聞いたら茅野は大衆攻めされてしまうだろう。


 茅野のその考え方は多くの人からすると、「薄情な上に不誠実そして人道に反している。人としてなってない」と思ってしまうかもしれない。


 俺もこう考えている以上少なからずそう思っている節はあると思う。


 でも、薄情で不誠実だから何なのだ? 外道で何がダメなのだ?


 別に誰かに迷惑をかけているわけでも法律に反しているわけでもないから良くね? と俺は思ってしまうタイプだ。


 浅間に迷惑をかけていたり、法律に反している可能性も否定はしきれないが。


 まあ、あくまでも俺の考え方を伝えるために用いた例だ。あまりその辺は気にしないでほしい。


「なんとなくだけど、お前の言わんとしていることはわかった」


「そう……」


 そして俺たちは最寄駅に着いたので、一緒に電車を降り、暗い道を歩く。


「……日方の家ってこっちじゃなくない?」


 俺には、茅野の声は驚いたようなトーンと謎の怒り口調に聞こえた。


「そうなんだけど、一応送ってこうかなって」


 茅野は一瞬、目を伏せた。


 その時の茅野はどんな顔をしていたのだろうか。そして、茅野は少しの微笑みを湛えて、再度俺の顔を見る。


「……ありがとう」


 そして特に何か話をするわけでもなく、俺たちは茅野の家の前に着いた。


 立派な一軒家だった。


 茅野は家に着いた瞬間に、「だから、もう少しだけこのままでいさせて」と俺に聞こえるか聞こえないかのか細い声で呟く。


 俺には茅野の言っていることが理解できなかった。


 何に対しての『だから』なのだろうと俺は思う。


 そして茅野はすぐに、「じゃあね」と声を発する。


 俺も茅野に応えるようにして「じゃあな」と少しだけ格好をつける。


 俺は、後ろを向いたが忘れていたことを思い出し、すぐに茅野に向き直る。


「あの、お化け屋敷のとき……ありがとう」


 茅野は俺の声を聞いてかドアの取っ手を抑え一瞬ぽかーんとしたあと、合点がいったのだろう。


「私のほうこそ、ありがとう……だからお互い様」


 そして茅野は家に入り、俺たちは今度こそ別れた。


 俺はどこまでも続きそうな暗い道を歩きながら一人考える。


 浅間はどう思っているのだろう?


 俺はどう思っているのだろう、と。




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