19 文化祭りの出し物決め
半袖だけで過ごすにはなかなかにハードでボイルドな時期がやってきた。いやどんな時期!?
そしてあの時の俺が、髄分と頭のおかしい奴だったのだと最も早く証明できる俺の失言をついこの前思い出してしまっていたのである。
そう、この学校はそもそも進学校ではない。
進学校の意味を知らなかっただなんて恥ずかしくて言えないよ~……状態である。
いや、だって逆に進学校じゃない学校ってどういう風に言うんですか?
なかば半ギレ状態である。
いや、そもそもうちは神学校なのでは……。
うちはアダム科とイブ科にわかれてるんですよー。あなたはどちら派?
そんなわけないよねー、はあ……。
あのね、俺ネットで調べたんですよ!
そしたら進学校の定義として『偏差値が高い学校』とか『難関大学への進学率が高い学校』って書いてあったんですよー!
しかしながら附属校は入らないらしい。
これ、意味捉えまちえてたの絶対俺だけじゃないでしょ?
そこの君はどう?
ということで、うちの学校は附属校なので進学校とは言わないらしい。
進学校とは、大学がついていない高校から難関大学に入学する人が多い学校のことらしい。
正直俺も曖昧なので、ちゃんと知りたい人は人類が生み出した画期的な機器で調べるといいと思う。
まあそんな話はどうでもよくてだな……。
時は五限目。待ちに待ったか待ってないのかよくわからないイベントが顔を覗かせていた。
そう、学生の本業である文化祭だ。
正直な俺の今の心境を表す文章としては「割とめんどくさいけど、やったらやったで意外と楽しかったりするよねー」が最も適切な文章になる。
そして今は出し物を何にするかでクラスは大盛り上がりである。
「正直なんでもよくねー」と言いたいところだが、そんなことを言ったら今日の夜に俺は殺されていることだろう。
暇すぎるので英単語でも覚えようかと思ったが、そんなことをした日には……やっぱり俺は殺されていると思う。
文化祭魂恐し。
そして俺は一応クラスの一員として今候補に挙がっている出店を把握しておこうと思い、黒板を眺めてみる。
出店候補
・ボーリング
・肉巻きおにぎり
・お化け屋敷
・謎解きクイズ
・休憩所
現段階では五つが出店候補に挙がっているらしい。
正確にはもっと色々書いてあるが、それらが出店候補に名を連ねることはなく、小さく端っこに書いてあったり文字の上から大きくバッテン印が引かれていたりする。
強いていえば、俺は肉巻きおにぎりがいい。理由は単純明快で美味しいからである。
それに自分の店で出してる物って余ったら文化祭の後片付けのときとかにクラスの皆で山分けとかできたりするんじゃないの? という浅ましい気持ちもあるのはここだけの秘密だ。
授業が終わるまでは残り五分。
どの出店を出すことにするかが果たしてこの時間内に決まるのか見ものである。
俺は『決まらない』に百円賭ける。
なぜなら、俺の目の前では未だに各出店のアピールポイントで白熱したバトルが繰り広げられているから。
ちなみに先生は『この時間は来月にある文化祭の出し物について決めてください』と言ったきりどこかに消えてしまった。
おそらく、事務仕事でも溜まっているのだろう(偏見)。
俺は特にすることもないので、目の前の世紀に残るであろう戦いを見届けることにした。
「私は休憩所がいいと思う。外部からも学校にたくさん人が来るじゃない? そしたらちっちゃい子とかお年寄りの方々も来てくれると思うから、休むスペースはあったほうがいいと思う」
俺は甚だ疑問に思った。
休憩所って出店としてありなの? でも普段自分たちが使ってる椅子とか机とか使ってお菓子でもなんでも置いておけばよさそうだから準備に関しては楽そう。
「僕もその意見に賛成です」と心の中で賛同しておいた。聞こえてるか聞こえてないかはわからない。
そんなことを考えていると、先ほどの女子の意見になにやら男子が反論している。
「でも休憩所って出し物としては呆気ないと思う。せっかくの高校生活なんだし、もう少し思い出に残るやつのほうがよくないか?」
この男子の言うことも尤もである。
たしかに高校生活は人生に一度きり。しかも旬の高校二年生。巷では高校二年生が一番楽しい時期だとかなんとか……。
その点で考えると他の出店のほうがいい気がする。
「僕も少し休憩所だと呆気ないと思います」と心の中で呟いておいた。
「結局お前はどっちなんだよ?」という声が今にも聞こえてきそうだ。
たぶん今の俺こそが、なんにでも人に流されてしまう典型的な悪い例なのだと思う。
俺みたいな奴は将来一生下っ端で働かされて、いつの間にか生涯が終わっているというのがよくあるオチだろう。
そんな人生送りたくないよー。
そして何よりも社会人になって心配なのが通称「横文字パラダイス」である。
よくアニメやドラマなどで会議のシーンなどで世の大人たちが横文字で会議しているのをみると、凄く心配になる。
決して英語が苦手なわけではないのに、何を言っているかが全くわからないから。
こんなことならずっと高校生でいたいと思ってしまう俺であった。
俺の前で行われていることに再度目を向けてみると、文化祭実行委員が次回までにしなければいけない大まかなことを皆に説明しているところだった。
さーて、もうそろそろ授業も終わる頃合いかなと思い、黒板の上にある壁掛け時計を見てみると残り数一〇秒でチャイムが鳴るところだった。
よーし、机の上に出ているものを全部片付けてっと。
バッグに教科書類を入れ終わったとほぼ同時にチャイムが鳴る。
帰ろうと俺は席を立つと、少し遠くからこちらに走ってきている奴がいるのを見つけた。
「ちょい待ちー!」
言わずもがなそれは七海夏美であった。
俺は少し驚きながらも七海に問う。
「どうした?」
七海は有無を言わさぬ早さで返答をよこす。
「帰るの早すぎじゃない? そんなに急ぎの用事があるの?」
別に予定があるわけではなく、これ以上ここにいる必要がないと思ったから帰ろうとしただけなんだけど。
いや、訂正しよう。正確には帰ることはせず、どこかで時間を潰す予定を作ろうと思ってたところだった。
「いや、元々予定なかったから今から作ろうとしてたところ」
「アクティブだなー……」
なんだその変なトーンは。
というか、決してそんなことはない。
いや、むしろお前のほうがアクティブでしょうが。
お前みたいなアクティブマン……いや、お前みたいなアクティブウーマンには一番言われたくない言葉だぞ!
だから思ったことをそのまま口に出して言ってやった。
「七海にだけは言われたくない……」
七海は一瞬きょとんとしたあとに少し笑う。
「そうかなー? まあいいや。それで日方は文化祭なにやりたい?」
「なんだ、そんなことか」と声に出しそうになったが、その言葉を無理やりに押し留める。
さすがに酷すぎるよね。たぶん、俺心の中では割と楽しみにしてるし。
遅めの反抗期なんですかねー?
「人間みな天ノ弱」
よし、今日の格言はこれに決定しましたー!
加えて七海の顔を真顔でガン見してみると、彼女は一瞬ビクッとする。
「そんなに考えることじゃないと思うけど……」
「で、ですよねー。俺は肉巻きおにぎりがいいと思う」
七海は合点がいったかのように頷いた。
「ですよねー……え、いや、違くない?」
俺は七海の言っていることがまったく理解できなかった。
「……え、何が違うの?」
七海は顎に手を当てる。
「あ、いや……別になんも違くないけど……、お化け屋敷とかのほうがよくない? ほら、お化け屋敷なら好きな異性とかと一緒に入って――と・に・か・く! ……面白そうじゃない?」
すると背後から近づく影が俺の耳元で「俺もそう思う」と言っている。
いや……こわ。
でも声、オーラでわかった。絶対に浅間だ。
俺は、浅間の間近に迫っている顔が恐くて、あえて俺のすぐ後ろにいる浅間の顔を振り向かずに答える。
「お前、いつの間に……」
浅間は顔色一つ変えることなく、ただただ平然とした顔を維持していた。
「いや、普通に歩いてきただけだけど」
まじかよこいつ、全く気がつかなかった。
絶対こいつの天職「ジャパニーズニンジャ」だろ。
今からでも特訓したほうがいいと思う。
「そうか。で、なんでお前までお化け屋敷派なの?」
浅間は迷う素振り一つ見せない。
「いや、だって普通に楽しそうじゃん」
俺は先ほどから気になっていたことを二人に聞いてみる。
「あの……二人とも、そういうの大丈夫系ですか?」
浅間と七海はやはり迷う素振りを見せることはしない。
「全然平気」
「私も平気! むしろ好き!」
やっぱりかー……。これは彼らをやんわりとお化け屋敷派閥から引っこ抜かなければなりませんな……。さもなくば本当にお化け屋敷に……。
「やっぱりそうか……でも、お化け屋敷とか苦手な人とか絶対いるし、そしたら客足減っちゃうから違うのにしたほうがよくない?」
俺のその言葉を聞いたあと、彼らはにちゃーという効果音が今にも鳴りそうな笑顔を浮かべた。
嫌な予感がする。
「なんかそういえば、最近近くの遊園地が存続の危機らしいから今週末にでも行かない?」
「さんせー! あそこの遊園地潰れたら困るよね……そのためにも私たちが少しでも投資しないと! だから土曜日にでも行こー」
やっぱりかー……。