↑の続き 下書き 『独裁者を倒して民主政治を手に入れたたかった人達』
彼らは民主政治を手に入れたかったのならばわたくしの理論は独裁者は民主化に応じると言っているのですからつまりそれが本当にそうなればもとより納得するかといえば、しかしやはりこの理論とはそれを受け入れれば彼らの場合は『独裁者に仕返しは出来ない』という問題があるので、つまり彼らの場合も彼らがその事について納得し得るかについて過去のその様なケースがどうだったのかを知る事でそれを占おうとしたのですが、しかしそれは残念ながら、つまり歴史的にはそもそもそのような、まあこの場合ですからそれは
『独裁者が追い詰められてもいないのに国民から犯罪を免責の上収入を保証してもらって民主化に応じた』
的な前例になる訳ですが、そのような事はそれ自体が見つからなかったのです。
しかし実はそれは【その代わりになるいい事例】
ならば歴史的にも多数ありまして、と言いますのはそれは、例えばコロンビアの「コロンビア革命 軍」とか、アフリカブルンジの「FDD(民主主義防衛戦線のンクルンジザ派)」などは、いや、それらはむしろ、実は結果的には
『独裁者の存続を容認する事になった』
という意味でわたくしの理論の場合の『完全民主化』に比べてはるかにたちが悪いといえるのですが、
(その人達は、)(独裁者と闘った上)独裁者側が『一緒に政治をやりましょう』と歩み寄った場合にそれに応じて和平の合意をしているのですが、そのようなケースがそれらだけではなく、他にも数多あったのです。
で、あれば、
※つまり※です。
つまり、実は確かにその手の合意とはその二件も含めて後になって独裁者側が選挙で不正をし出したりして綻(,ホコロ,)びが出たり破綻したケースも多いというのですが、しかしそれはそれこそあくまでもそれがその(彼らの先)人達がそのような『独裁者なんか(←悪いとは言っていません)』と安易な妥協をしたせいであり、つまりそのように自分達の先人達がそれが『完全な民主化』でなくてさえ、それでいつか望む民主化が叶い得るならばと独裁者を許そうとしている彼らからしたらわたくしの『独裁者が退いての完全民主化』ならば容易に、つまり独裁者を許して納得し得るだろうという事です




