表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

親王願い 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 1年って、どうして365日なのかねえ。

 いや、由来とかは問題じゃないんだ。ただ、年中行事ってやつに思うところがあって。

 バイトしてるとさ、ある1日のためだけに品物を並べたり、サービスしたりする経験が多いだろ? 直近では節分、これからはバレンタイン。

 うちの店でもチョコレートは並べ出してるけど、定価で売るのは当日までだ。翌日からは叩き売り、それでもあまれば俺たちバイトにも、分け前が出されることもある。

 はじめのうちはありがたく思っていたが、作る手間とかコストとか考えるとめいるよなあ。作り手からすれば、自分の人生の時間を削って作ったものが、ムダに終わる瀬戸際だ。心情的に、ただではもらいづれえな。

 バレンタインチョコに限らず、出番が限られている道具はぞんざいに扱われがち。おかげで、まれに不思議なことを巻き起こしたりするもんだ。俺もそのひとつを体験してな、興味があるなら聞いてみないか?

 

 俺には歳の離れた姉がいる。小学生の時にはもう社会人で、一人暮らしを始めていたっけな。姉というよりは、若いおかんみたいなイメージだったな。年齢の開きアンド異性として見られない、という意味で。

 で、そうなると困るのが、ひな人形だ。祖母と母しか女がいなくなった我が家では、3月3日の主役となる女子がいない。かといって、ひな人形の処分などとてもできなかった。

「ひなが泣く」。ひな祭りのある日に出されないひな人形は、その悲しみを知ってもらうために、祟りを起こすのだという。だからたとえ女子がいなくても、飾ったほうがいいというのが、ウチの見解だった。


 ウチの家は親王飾り。つまり、お殿様とお姫様のペアオンリーのひな人形だ。この3月3日のためだけに、普段は押し入れの一角で眠りについている。

 ああ、そうだ。ちょっと話が脇にそれるけどな。俺、小さいころはちょっと中性的な容姿だったんだわ。女装が似合う系男子だな。声変わりする前だったこともあって、女のキーで歌うこともできた。

 ゆえか、姉がいなくなってからは俺の部屋に、もっぱらひな人形が置かれた。祖母や母じゃあ、とうが立ちすぎている。なら年齢だけでも、子供で通りそうな俺の部屋の隅に住まわせたんだ。

 だが、さすがに12ともなると、男らしいところに毛が生えてきたりするもんだ。「すっぴん」で女子の真似をするのは、ちょっと無理な歳になってきている。


 ――ふつーに母ちゃんやばあちゃんの部屋に置けばいいのに。


 そう思う俺だったが、今日一日だけの辛抱だと、枕元にお雛さんを置いて床に入ったんだ。



 夜中に俺はふっと目が覚める。

 以前も、似たようなことは何度かあった。地震が来る前とかは、勝手に目が覚める。おそらくは、まだ小さい地震の揺れを身体が感知し、意識を揺り起こすんだろう。

「来るのか?」と俺は布団の中で縮こまり、防御態勢をとる。棚からは離れているし、テレビとかの揺れと一緒に飛んできそうな家具もない。この何枚もかけた布団の中へ潜り込めば、大地震でもそうダメージは食らわないはず。ま、そのレベルの地震経験はないわけなんだが。


 どれくらい待ったか。やってこない地震に、今回はたまたまかと気を抜きかけたところで、頭頂部がなにかにくすぐられる気配がした。

 虫かな、と俺は適当に手ではたく。すると潰した感触の代わりに、生温かいものが手をべっとりと濡らしたんだ。ぬるりとした手触りは、風呂で使うシャンプーやボディーソープに似たものがある。

 飛び起きた。バランスを崩して手を布団につきながらも、頭上の笠つき電灯のひもをひっぱった。蛍光灯内に少し光が溜まり、そこから何度も瞬きして、部屋中の黒を追いやる。


 まず手を見て驚いたよ。べっとりとくっついていたのは、桃色の液体だったんだ。「血?」と思わず大きな声を出しちゃったが、それにしちゃ臭いがなさすぎる。俺の枕のほとんども、手をついたところにも、同じものがくっついていた。

 垂れ流しているのは、ひな人形たちだった。もっとも流れ出ているのは、瞳からじゃなく口からだったけどな。お殿様とお姫様が、そろって血らしきものを吐いている。

 だいぶ前から流れ出ていたんだろう。自分たちが座る壇と、俺の枕元を濡らしてまだ足りず、部屋のドア近くまで及んでいる。

 しかも広がり方が妙だ。壇の周りをのぞけば、残りの液体は型にはめて流し込んだかのように、出口へ向けて一直線。まるで外へ出たがっているかのような……。

 部屋のドアがノックされる。俺の部屋には鍵がかけられない。

 返事を待たずに開かれて、入ってきたのは母だ。どうやら先ほどの俺の声を聞きつけてやってきたらしい。そしてもろに、あの桃色の液体を踏んだ。

 今度は俺の時に倍する、母親の悲鳴が家中に響くことになったよ。

 

 それから雑巾2枚ほどが犠牲になって、あの液体は処理される。結局、なにが流れ出したのか、俺にはさっぱりわからない。

 古い人形の髪の毛が伸びるのは、経年劣化によって毛根がゆるみ、U字に埋め込まれた髪の毛が出てくるからだ、とは聞いた。けれど、この液体が染料かといわれると疑問が残る。人形の中とか、色を塗る必要があるのかと。

 それからしばらくして。俺はお兄ちゃんになることを知った。母親が妊娠していたんだ。

 産まれる子は女の子だという。ますます姉貴の若おかん化が進んだ。

 今じゃ妹も、当時の俺と同じくらいの歳になった。俺自身も実家を出たから、年に数回しか会わないが、元気でやっているようだ。

 あのひな人形たちも、本来の仕事をしたくて、母親に妹を宿させたんだろうかね。そうなると、妹が出ていくころがまた不安だが……。姉貴なり、俺なりが頑張らんといかんかねえ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] とても面白かったです。 お雛様も女の子かと思っていたら、男の子だと気がついてちょっとびっくりしてしまったのでしょうかね。(笑) 今は色んな考え方や生き方もできるようになったので、何かこう昔み…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ