プロローグ
俺の名前は秀吉。
今年で48歳、実家暮らし、いわゆる子ども部屋おじさんだ。
だがそれも今日で終わり。
もっと言うと、今日が人生最後の日だ。
つまり、あの交差点に止まっているダンプトラックが動き出したら、そのタイヤの下に頭から滑り込み、
この綺麗なコンクリートの道路の上に、トマトペーストをぶちまけてやるってことだ。
「フン、死ぬには良い日だ」
俺は真っ白な雲に夏の日差しが照りつける綺麗な空を見上げてそう呟くと、トラックに向けて走り出した。
………ここは…?
気が付くと、重量を感じない白い空間に秀吉は漂っていた。
すると、どこからともなく釘宮理恵さんとしか思えない美しい声が聞こえて来た。
「こんにちは。秀吉くん」
「あなたは…?それに、ここはどこですか?」
「説明するのが面倒だけど…異世界転生と言えば分かるかな?」
「…非現実的な状況でありながら、この現実感、私は異世界転生したのですね。…理解しました。ですが、一つ質問させてください、あの、その声はもしかして、釘宮理恵さんですか?」
ですか?を言い終わる前に、被せるように言葉が返って来た。
「違います」
「そうですか…」
「私はあなた達でいうところの神です。そして、今はあなたが最も心地が良いと考える声色で、喋りかけています」
「そうなんですね、分かりました。でも、私は自殺したはず…自殺では異世界転生できないのは暗黙のルールのはず…」
神の声は一拍置くと、信じ難い事実を口にした。
「あなたの死因は自殺ではありません。ベテルギウスの超新星爆発のガンマ線バーストの直撃です。致死量の100倍の放射線を浴びて焼け死にました」
「…ベテルギウス?…ガンマ線?」
「秀吉さんには申し訳ありませんが、ご説明しているお時間はございません。なにせ、秀吉さんの後にはまだ、数十億人ほど、お待ちいただいておりますので」
…神の私への案内は何人目なのだろうか?数十億人…つまり、地球上の全ての人間が一瞬のうちに死んでしまったということなのだろうか。
「という訳で、秀吉さんにはチートスキルを授けて、異世界に転生して頂きます。なお、異世界一つにつき、一人の転生者ですので、その点はご了承ください」
終わったことだ、切り替えていくしかない。秀吉は、死因のことは忘れて、大事なチートの内容を聞き出すことにした。
「分かった。ただ、チートスキルの内容を教えて欲しい」
「良いでしょう。えー、今回秀吉さんに授けさせて頂くチートスキルは、成長チートです。【自身のレベルが1上がると、前のレベルのステータスの数値と同じだけステータスの数値を増やして、今のレベルのステータスの数値とする】というスキルです。ちなみに秀吉さんの初期ステータスはall1です」
秀吉は実は計算が苦手だ。慣れない計算で頭が沸騰寸前だったが、レベル2や3になったらどんな数値になるのかくらいの予想はできた。
「ほうほう、…ん?待って…それって…。弱くない?レベル2でステータスall2でしょ?レベル3でもall4…?ん…?…あれ?向こうの世界の平均ステータスは?」
「一般的な人間は数十で、勇者は数百、魔王は千を超えることもあるかもしれないですね。ちなみに、レベルについては勇者で100を超えるかどうか、魔王は数百で、上限は999です」
それを聞いた瞬間、秀吉は圧倒的な絶望感に包まれた。レベル2や3の時のステータスが10にも満たない成長スキルで、数百、ましては千を超える魔王クラスに太刀打ちできるわけが無い。この声は神の声では無く、悪魔の声だったのかと、秀吉は確信した。
「貴様ァ…騙したな…!何が成長チートだ!この悪魔がァ!」
「えーっと…お時間が押してますので、これで失礼致します。じゃあ頑張ってくださいね、秀吉さん」
秀吉は叫び続けていたが、神は気にせず喋り続け、最後に秀吉に激励の言葉をかけた。そして、これで話は終わりだと言わんばかりに秀吉の体が輝き出した。異世界への転生の準備だろうか。
「許さんぞ…悪魔めぇ…!絶対に、絶対に復讐してやるからなぁぁぁああ!」
「えぇ…」
光に包まれ真っ白になると、残ったのは白い空間と、神の困惑の声だけだった。