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暁のオーガヴァル I ~王道演武~  作者: かえる
【 Ogreval――51~】
54/57

53 カタナの戦い ②


「この――ッ」


 カタナがまとう光を強めた。

 瞬時の目が眩むくらむような輝き。

 ギュワンと閃光が消滅したそこには、”光刃”を斬り裂きねじ伏せたリアンの姿がある。


 ミラのわざに打ち勝ったリアン。

 しかし、次の一手はミラに打たれていたようだ。

 リアンが背後の人影から膝裏に蹴りをもらう。

 カクンと膝が折れれば、地面に膝をつくリアンの首筋にミラがカタナを突きつけた。


「勝負あったわ。けど、まあまあだったかしら」


 ミラは手合わせの終了を告げると、満悦な仕草でアカツキを解いた二刀のカタナを手元でくるりと回し、腰の鞘に収めた。


「驚いたな。嫌っていたくせに、及第点をくれるんだな」


「オーガの見定めに私情は必要ないもの。それと、私の足を引っ張らない程度のオーガヴァルとしては、まあまあってことだから。調子よく受け取らないでくれる」


 ミラは勝ち気な態度で、からかうようにして言う。

 そうして、やおら立ち上がる相手の頭が視線の高さを越えた辺りで、パっと自分の腰に手をやった。

 目をく驚き顔の前では、見た覚えがあるはずのリアンのしたり顔と、これ見よがしに差し出された巾着袋。


「相手の首を落とすことだけにとらわれるな。賢い戦いとは相手の隙をつけるかどうかである。確かそんな教えがあった」


 リアンの胸板にミラの人差し指が止まる。

 するとその指先から、ぐいっと押された。


「どの教えかはっきりしないし、隙を突いた首取りと隙を突いた物取りじゃ、釣り合わないでしょ」


 ミラがよろけるリアンの手から、自分の小物入れ袋を叩き落とすような勢いで掴み奪い返す。

 ぷい、と顔を背ければ、バルコニーの降り口へ向かう――はずだったろうが。


 ミラの後ろでは、ぱしりぱしりと物を宙に投げては受けを繰り返すリアン。

 その耳障りな物音と気配に、ミラの眉根が寄る。

 一度、口元をへの字にした後は、毅然きぜんとして振り返った。

 リアンが放っていた物体を、ばしりと握る。

 手には、ゴテゴテとした小瓶のような物体。


「オーガにしては、そこそこ間抜けだな」


「あなたって、暁の騎士よりも盗賊のほうが向いているんじゃない」


 小物入れは取り返したものの、その中の通信機械までスリ取られていたとは気づけていなかったミラ。

 それがありありと分かる負け惜しみ。


「かも知れないな」


「……それ、あげるわ。ベネアの試作品みたいだし、みんなが新しい物を使ってる中、あなたは試作品それを使うといい」


「ん? じゃ、遠慮なくこの変な物はもらうとして、みんなってのは誰なんだ」


「話を聞いてないだけなのか、それとも手癖と一緒で、話を聞かない横着な耳を持っているだけなのか考えちゃうけど……どちらにしろ、部隊で一緒になるのは避けられないのよね」


 ミラはため息を漏らす。

 それから、凛々しい表情を作る。


「私達がエルヴァニアにいる意味くらいは知っているでしょ」


「皇国と戦うこの国に協力するためだろ」


 いずれ熾烈しれつとなる戦火の火種。エルヴァニアとラス皇国との戦い。

 そして、暁騎士も参戦するこの戦いの気配が忍び寄ることを止めて、表沙汰(ざた)となるのはグックへの関与からも最早時間の問題でもあった。


「ええ、そうよ。エルヴァニアの民意を固める意味もあったけど、世界の敵と見定めたラス皇国をオーガは倒さなくてはならない。だから、私達は手を取り合う。それでオーガの私は、女王フィーネからは優秀な兵士達で編成した遊撃部隊を預かることになっているわ」


「えらく頼りにされているな」


「頼られて当たり前でしょ。オーガなんだから。それにこの女王フィーネの考えは賢明な判断よ。エルヴァニア軍として行動する以上、本隊より別働隊のほうが自由に行動できるでしょ」


「なるほどな。さっきの”みんな”はその遊撃部隊の兵士達で……あー、つまりそこに俺も入る……ってわけか」


 リアンはポリポリと頭を掻きながら、苦笑いする。

 対してミラは、隠しきれずといった具合で嫌らしい笑みを溢す。


「オーガヴァルのあなたは……そうね、私の補佐官にしてあげる。もちろん、私はその遊撃部隊ウルフハウンドの隊長だから、あなたは私の部下ってことかしら」


 嬉しそうなその物言いに暁騎士や部隊長の威厳はなく、ただただ少女ミラの意地悪な口調でしかなかった。


「わかった? 私の立場とあなたの立場をしっかり理解しておいて」


 言いたいことを済ませたらしいミラは、再び降り口へ向かう。


「なあ、シャルテの案内はいいのか」


「必要ないわ。晩餐会はもうすぐだろうし、私は必要もないのに、あなたと顔を突き合わせていたくないし」


 振り返りもせずそう言い残し、ミラはこの場から去った。

 ぽつんと置き去りにされた形となったリアンは、上着のポケットに手を突っ込みバルコニーから景色を眺めた。


 夕焼けの空が広がる。

 それからその空に瞬く星を見つけるまで、リアンはじっと佇むのであったが。


「……オーガは目指すさ。けど、自分の心を偽って手にしたそれは、嘘つきのオーガにならないか。オーガは正しい者の名だ……」


 景色が赤から青暗く移り変わる頃ともなれば、風はやや冷たさを帯びて吹くのだろう。

 リアンはジャケットの襟を立て、背中を丸めながら城の客室へと戻るのだった。



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