52 カタナの戦い ①
満足な面積。硬い床の他は何もない。
そう言えるバルコニーの端では、依然としてリアンの背中があった。
だが――その様子に構うこともなく、ミラが勢いをつけ高く飛んだ。
――回転を伴う跳躍。
空中で形容し難い音が鳴る。
腰のカタナを手にしたミラが、そのまま相手の直上から斬り下ろす。
ガキンと強くぶつかり合う金属音。
ミラの二刀での一撃を、リアンが頭上で受け止める。
瞬時の振り返りと起き上がり、その流れる身のこなしと一体の抜刀であった。
そして、横に刀身を這わせ凌ぐリアンのカタナも、そこへ斬りつけるミラのカタナも暁色の光を帯びている。
僅かばかりの止まる世界で、両者の視線が交わる。
ともに見せ合う鋭い眼光は、手にする刃に相応しいほどの真剣さであった。
動き出す世界――タンと、屈むようにして着地したミラが空かさず蹴りを放つ。
薙ぐそれはリアンの足元を払う。
体勢を崩されたリアンは、そのまま硬い床へと転がるしかない。
けれど、バルコニーの端の外はそれがない。
あるのは外壁に沿って、遥か真下へと転げ落ちる末路か。
「――とっ」
外壁を背に、リアンが突き立てたカタナにぷらんとぶら下がる。
アカツキを解くカタナは、その刀身を壁に深々と埋めていた。
「後ろもないのに、迎え撃つからそうなるのよ」
指摘はリアンの頭上であり屋上から。
足元をのぞき見ていたミラが、オーガは賢く戦うものと二の句だけを置いて後方へ下がる。
リアンが門衛棟の外壁を蹴る。
その反動を利用し、カタナを支柱にくるりと身体を引き上げた。
先行する足がバルコニーの縁に掛かれば、起こす上体と一緒に壁からカタナを引き抜く。
抜いた勢いのまま宙に放ったカタナが落ちてくる。
愛刀をパシリと掴めば、リアンは淡々とミラとの距離を詰めてゆく。
「いきなりだな」
「そお? 手合わせしてあげるって、ちゃんと伝えたつもりだけど」
切っ先を下げ近寄るリアンの構えに、ミラはリアンの物より刃渡りが短い二刀――右手の刃を茶化す相手の顔に向け、逆手で持つ左手の刃を後ろへ隠し対峙する。
それから、示し合わせたように起こるアカツキの発動音と発光。
――刹那、カタナを暁に染めた両者が動く。
斬り合いは疾く激しく、目まぐるしい。
剣速と身の軽さを活かす戦い方を得意とする者同士ともなれば、そのスピードは常軌を逸すると言っても過言ではない。
そして、同等の速さであっても、リアンとミラではその剣技に違いがある。
カタナの切っ先を下げ、相手の体幹からやや外すリアンのそれは誘いの剣。
相手の出方に合わせ斬り合う、謂わば受け身の剣技。
対して、ミラは二刀による連撃を主体とした見事なまでの攻めの剣である。
加えて、斬撃を放つ際に身体を回転させるのはミラ独特であろうか。
小柄で軽い身体から繰り出す斬撃は、リアンと比べれば”重み”がない。
それを補うかのような剣技は、身体を捻り回転力を足して繰り出す。
また、後方へ宙返りをしながら逆手のカタナで切り上げるなど、その曲芸的な剣技は、剣舞であり乱舞であろうか。
更に、飛び交い斬りつける戦いは、”獣人”ミラにとって相性が良い。
空間認識能力に優れた者が多い獣人は、天地が逆になるような戸惑う状況下でも、自身の正確な状態を把握し続けることができる。
それだけでなく、ミラの跳躍力や俊敏性は、鍛錬で養うもの以上に獣人ならではの生まれ持ったものが大きい。
他の種族の人より個体数が少ない獣人であるものの、運動能力の高さが顕著な種族である。
一説によれば、尻尾を待つ『祖種』の獣人は、強い月光の影響下では身体そのものを変貌させ、運動能力を飛躍的に高められたとさえ言われている。
「――あまり本気になられると、笑えないな」
リアンが二刀の連撃を弾き愚痴を溢す。
その瞬間、腹部に前蹴りが飛んでくる。
カタナの柄で防ぎ、ミラの足を押し返すようにして次の攻撃に繋げようとするが、ミラがその力を利用し綺麗な弧を描きながら後方へ跳ねる。
シュシュンと上下の回転を繰り返せば、あっと言う間にリアンとの間合いを切った。
「見くびらないでくれる。このくらいで本気なわけないでしょ」
ミラは不機嫌な表情を浮かべ言う。
リアンとの戦いがそうさせるのか。いつの間にか、感情の抑揚が目立ち始めたミラであるが。
す、と振り上げられた二刀のカタナ。
ミラが交差させる頭上のカタナを、ぶんと振り下ろす。
――十字の閃光が疾走る。
ミラが放つのは、皇国将軍ゾルグがシャルテをして言わしめたオーガの業。
だだし、ゾルグと同質のアカツキの放出であるも光の帯は尾を引かず、”光刃”と称しても良い、三日月型の刃としてリアンを襲う。
そしてその十字の”光刃”は、偽りのオーガとの威力の違いを見せつけた。
カタナを盾に正面で受け止めるリアン。
反発し合うアカツキが、眩い光を暴れるようにして放ち続ける。
ゾルグ相手では、やすやすと斬り伏せたリアン。
しかし、”光刃”とのせめぎ合いは、踏み留まる身体をじりじりと後方へ押し下げてしまう――。




