51 ミラ ②
「あなたは私と違って、今もクーシー・シャルテに世話を焼かせてばかりのようね」
「……悪いけど、俺はそんなに機転が利くほうじゃない。だから、嫌味としか聞こえないな」
「ええ、そうよ。分かりやすくていいでしょ」
カタナを持つ同士であれば、切り合いができる物騒な間合い。
その剣呑が、二人の険悪な雰囲気に拍車をかける。
「なあ、俺達は会ったばかりだ。俺にはまだ嫌われるようなことをやる暇もなかったはずだが」
「別に私は、あなたのこと嫌いじゃないわ。気分は良くないけど」
「それは、俺が烙印騎士だからか」
「情けないって、自覚はあったのね」
「情けないとは思ってない。ただ、オーガ達が俺を快く思ってない話を知っていただけさ」
「生意気ね」
「割りとよく聞く言葉だな。けど、そっちも耳が痛いんじゃないか」
競り合う気持ちからか。
リアンが前へと踏み出す鼻先では、ミラが下からにらみつけてくる。
そして、間近と迫った相手とのにらみ合いを先に解いたのは、くるりと踵を返すミラのほうであった。
「イーブン・ガウから聞いたわ。本当なら、私よりもあなたのほうが先にオーガに届いたはず。でも、あなたはいつまで経っても烙印を返上しない。お陰でクーシー・シャルテも烙印持ちのあなたから離れることができない」
ミラが背中で言って、振り返る。
「オーガヴァルのリアン。あなたって、本当にオーガになるつもりあるの」
「オーガは目指している。けど、その気持ちだけでオーガになれるって話でもないだろ」
「そうね、その通りよ。誰もがオーガになれるわけじゃない。でもあなたの代わりでオーガになれたって、私は思われていることでしょうね」
「そっちの問題を持ち込まれても迷惑なだけだ。俺がオーガヴァルなのは俺の問題だけさ」
「変な受け取り方しないでくれる。これからのこともあるから、客観的な私の立場を伝えただけよ。もちろん、気にもしていないから」
ここにきて、ミラが微笑みを見せた。
不機嫌なのかどうかも分からない常に強張った顔がふと緩んだわけだが、ただし、せせら笑うようなそれを向けられては、リアンの心象が悪くなるばかりだろう。
リアンがしかめた面で肩をすくめた。
次にそっぽを向くと、ミラから距離を置くようにして、バルコニーの縁へ腰掛けた。
むろん、そこからの景観に興味があるとばかりに背中を向けて、辟易した様を見せつけた。
「それと、もう一つ私の立場を伝えておくわ。オーガヴァルのリアン。あなたロキの倫果に触れたでしょ」
ミラは不貞腐れる相手に向けて、声を張り言う。
「イーブン・ガウからは、そんなあなたの見定めを任せられている。もしアカツキを濁すようなら、私のアカツキで遠慮なくあなたを消滅させるから」
「……好きにすればいいさ」
「ほんと、生意気ね」
他人事のように呟やかれた返答に、ミラが眉根を寄せた。
そうしてしばし目をつむり、目を開けると何かを決めたように歩を進めた。
足を運ぶ方向はバルコニーの降り口でもなく、その反対となるリアンの背中。
「手合わせなんてするつもりなかったけど、たぶんあなた、口で諭してもわからない人でしょ」
ミラが腕を組みリアンの背後から言う。
またそれだけに留まらず、瞳の光をふつふつと滾らせた。
「だから、抜きなさい。オーガの私が今ここで、あなたのアカツキを見定めてやるわ。ついでに、その未熟さも教えてあげる」
ミラは挑発的にも朗らかとして戦いを宣言する。
もしリアンが振り向いていたのなら、本来の無邪気な少女の微笑みを見て取れただろう。
そして、嫌悪感とはまた違う何かを抱いたかも知れない……。




